ホテルエンドレス2
青森県東津軽郡平内町、旧国道4号沿いに残るラブホテルの廃墟である。1980年代前半から半ば頃に開業したとみられ、営業を示す資料は1990年代半ばまでしか確認されていない。淡いピンク色の外壁を持つ二階建てで、2000年前後には既に営業を終え老朽化が進んでいたとみられる。2010年代に入るとガラスの損壊や壁の剥落が目立つようになり、2010年代末には天井や床が腐食で抜け落ちる状態も確認されている。この
廃テーマパーク、閉鎖されたホテル街、寂れた繁華街跡は、バブル期の熱狂と挫折を抱えたまま朽ちる虚飾の墓標である。歓楽の記憶ほど反転しやすく、笑い声の残響が無人の通路に反射して、栄華と没落のあわいに奇妙な気配を呼び寄せる。
全国 7 件
青森県東津軽郡平内町、旧国道4号沿いに残るラブホテルの廃墟である。1980年代前半から半ば頃に開業したとみられ、営業を示す資料は1990年代半ばまでしか確認されていない。淡いピンク色の外壁を持つ二階建てで、2000年前後には既に営業を終え老朽化が進んでいたとみられる。2010年代に入るとガラスの損壊や壁の剥落が目立つようになり、2010年代末には天井や床が腐食で抜け落ちる状態も確認されている。この
関川荘は広島市安佐北区白木町の山あいに位置する、昭和30年代に地元の資産家の出資で開業したとされる日帰り入浴・食事施設の廃墟である。アクセスの不便さと経営不振が原因で1990年代初頭までに閉鎖されたと伝えられる。閉業後は補修されることなく放置され、現在は建物の老朽化が進み、内部は崩落が著しく立ち入りが困難な状態にある。敷地入口には観音渕と呼ばれる小さな滝つぼがあり、そのほとりには地蔵が祀られている
彦根市の国道8号沿いに位置する旧佐和山遊園は、石田三成を敬愛した地元の建築業者が1976年に着工した個人経営のテーマパーク跡である。佐和山城を模した城郭風の建物や、独自に製作された多数の石像・銅像を配し、歴史資料館的な施設として整備が進められたが、正式な開業には至らなかった。2000年には施設内の骨董品が盗難被害を受けたことが報じられている。営業実態が薄いまま2015年頃に閉鎖され、2017年には
大川寺遊園は、富山県富山市上滝にあった遊園地である。前身は戦前に整備された上滝公園で、1958年の国民体育大会を機に遊戯施設の整備が進み、1961年からは富山地方鉄道と当時の大山町が出資する会社が運営した。観覧車やジェットコースターなどを備え、1980年には年間約35万人が訪れるなど、県内有数の行楽地として賑わった。 しかし1980年代以降、県内に大型娯楽施設が相次いで開業したことに加え、県外の
チロリン村跡は、福岡市早良区と佐賀市の境にある三瀬峠の旧道沿いにあった、レストランを兼ねたドライブイン施設の跡地である。1970年代後半に開業し、1991年頃に営業を終えたのち廃墟となり、2001年に解体された。建物は斜面に建てられており、実際には一階部分であった空間が地下室のように見える構造だったと説明されている。 営業当時から、施設裏手の焼却炉付近で異音や呻くような声が聞かれるという証言があ
仁川ピクニックセンターは、1951年に阪急電鉄が甲山東麓の五ヶ池周辺を整備して開業した行楽施設で、貸しボートやハイキングコースを備え、最盛期には全国から多くの来場者が訪れたとされる。1965年ごろから利用者数は減少したが、1975年にフィールドアスレチックが整備され、1976年には植物園も開園して再び賑わいを見せた。一方で1987年には園内で知り合った女性が付近の山中で殺害される事件が起き、198

内子町の国道379号沿いに立地する「からり」は、1992年の観光農業振興構想から始まった施設である。1994年の「内の子市場」という産直実験施設を経て、1996年5月に特産物直売所・情報センターとしてオープン。同年8月に全国11番目の道の駅として登録された。 施設は町内農家による直売所、からり工房(アイス・シャーベット製造)、パン工房、レストランといった複数棟で構成される。2019年4月には直売