
泉の広場(ホワイティうめだ)
大阪・梅田の地下街ホワイティうめだにある泉の広場は、1970年の地下街開業時からある広場で、東側の曽根崎東交差点の真下に位置する。かつて広場中央には噴水があったが、1987年の改装で撤去され、しばらくは水面が動かない池だけが残る時期が続いた。この噴水のない時期にあたる1990年代末、小柄で髪の長い女性が広場付近に現れるという体験談が広まった。赤いワンピースのような古めかしい服を着て、白目のない真っ
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廃テーマパーク、閉鎖されたホテル街、寂れた繁華街跡は、バブル期の熱狂と挫折を抱えたまま朽ちる虚飾の墓標である。歓楽の記憶ほど反転しやすく、笑い声の残響が無人の通路に反射して、栄華と没落のあわいに奇妙な気配を呼び寄せる。
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大阪・梅田の地下街ホワイティうめだにある泉の広場は、1970年の地下街開業時からある広場で、東側の曽根崎東交差点の真下に位置する。かつて広場中央には噴水があったが、1987年の改装で撤去され、しばらくは水面が動かない池だけが残る時期が続いた。この噴水のない時期にあたる1990年代末、小柄で髪の長い女性が広場付近に現れるという体験談が広まった。赤いワンピースのような古めかしい服を着て、白目のない真っ
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三重県伊賀市勝地、旧名賀郡青山町の山中に位置する木造の料亭旅館跡。青山高原の登山客や奥山愛宕神社への参拝客を対象に、奥山川で獲れる鱒などの川魚料理を提供していたとされ、1970年前後の開業以降営業を続けていたが、1990年代初頭に閉業した。建物は岩を組み込んだ造りで、階段や風呂にも巨岩が用いられている。閉業の背景については、経営難から経営者一家が心中したという噂が広く伝わっているが、出典は明確でな
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三重県名張市、国道165号線沿いに建つ廃業したラブホテルである。かつては別の名称で営業していたが、後に現在の名称へ改められた。平成期を通じて営業していたが、2017年頃に閉業したとされる。閉業後は長らく放置され、敷地には投棄物が散乱し、外壁や内部設備の劣化が進んでいる。2023年には建物の一部が焼損する事案が確認され、放火の可能性が指摘された。この場所については、営業当時から異変が伝えられていたと
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青森県東津軽郡平内町、旧国道4号沿いに残るラブホテルの廃墟である。1980年代前半から半ば頃に開業したとみられ、営業を示す資料は1990年代半ばまでしか確認されていない。淡いピンク色の外壁を持つ二階建てで、2000年前後には既に営業を終え老朽化が進んでいたとみられる。2010年代に入るとガラスの損壊や壁の剥落が目立つようになり、2010年代末には天井や床が腐食で抜け落ちる状態も確認されている。この
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関川荘は広島市安佐北区白木町の山あいに位置する、昭和30年代に地元の資産家の出資で開業したとされる日帰り入浴・食事施設の廃墟である。アクセスの不便さと経営不振が原因で1990年代初頭までに閉鎖されたと伝えられる。閉業後は補修されることなく放置され、現在は建物の老朽化が進み、内部は崩落が著しく立ち入りが困難な状態にある。敷地入口には観音渕と呼ばれる小さな滝つぼがあり、そのほとりには地蔵が祀られている
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彦根市の国道8号沿いに位置する旧佐和山遊園は、石田三成を敬愛した地元の建築業者が1976年に着工した個人経営のテーマパーク跡である。佐和山城を模した城郭風の建物や、独自に製作された多数の石像・銅像を配し、歴史資料館的な施設として整備が進められたが、正式な開業には至らなかった。2000年には施設内の骨董品が盗難被害を受けたことが報じられている。営業実態が薄いまま2015年頃に閉鎖され、2017年には
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大川寺遊園は、富山県富山市上滝にあった遊園地である。前身は戦前に整備された上滝公園で、1958年の国民体育大会を機に遊戯施設の整備が進み、1961年からは富山地方鉄道と当時の大山町が出資する会社が運営した。観覧車やジェットコースターなどを備え、1980年には年間約35万人が訪れるなど、県内有数の行楽地として賑わった。 しかし1980年代以降、県内に大型娯楽施設が相次いで開業したことに加え、県外の
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チロリン村跡は、福岡市早良区と佐賀市の境にある三瀬峠の旧道沿いにあった、レストランを兼ねたドライブイン施設の跡地である。1970年代後半に開業し、1991年頃に営業を終えたのち廃墟となり、2001年に解体された。建物は斜面に建てられており、実際には一階部分であった空間が地下室のように見える構造だったと説明されている。 営業当時から、施設裏手の焼却炉付近で異音や呻くような声が聞かれるという証言があ
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仁川ピクニックセンターは、1951年に阪急電鉄が甲山東麓の五ヶ池周辺を整備して開業した行楽施設で、貸しボートやハイキングコースを備え、最盛期には全国から多くの来場者が訪れたとされる。1965年ごろから利用者数は減少したが、1975年にフィールドアスレチックが整備され、1976年には植物園も開園して再び賑わいを見せた。一方で1987年5月には山菜採りに来ていた女性が知人の男から乱暴されそうになり抵抗
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内子町の国道379号沿いに立地する「からり」は、1992年の観光農業振興構想から始まった施設である。1994年の「内の子市場」という産直実験施設を経て、1996年5月に特産物直売所・情報センターとしてオープン。同年8月に全国11番目の道の駅として登録された。 施設は町内農家による直売所、からり工房(アイス・シャーベット製造)、パン工房、レストランといった複数棟で構成される。2019年4月には直売
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