千駄ヶ谷トンネル
千駄ヶ谷トンネルは、その真上に江戸期創建の仙寿院という日蓮宗の寺院と墓地が広がることから、古くから「霊が集まりやすい場所」として都内の心霊マニアの間で語り継がれてきたとされる。トンネル内で白い人影を目撃した、突然エンジンが止まった、後部座席に人が乗り込む気配がしたなどの体験談がネット上に散見され、「墓地の真下を走るトンネル」という特異な立地がそうした噂に拍車をかけているとも言われている。また、深夜に通行すると車内の温度が急激に下がる、ラジオに意味不明な声が混じるといった怪異も報告されているとされるが、いずれも確認された事実ではなく、あくまでも噂・伝承の域を出ない。 トンネルの成り立ちを辿ると、1964年(昭和39年)の東京オリンピック開催に合わせて整備された、全長290メートルの自動車道であることがわかる。外苑東通りの慢性的な渋滞解消を目的として地下化が決定されたが、直上に正保元年(1644年)創建・徳川家康の側室お万の方ゆかりの仙寿院とその墓地が存在したため、墓地・境内を移転させず地下を貫通する形で建設された経緯がある。歩行者通行帯は設けられておらず徒歩での通過は不可。1964年当時の規格のまま現在も現役の都道として機能しており、オリンピック関連インフラとして土木史・都市計画史の観点からも貴重な構造物とされている。