宿泊・居住跡

廃旅館や廃ホテルは、無数の他人が一夜の眠りと欲望を残していった「念の貯蔵庫」である。家主の急死、廃業、長期滞在者の執着が、色褪せた壁紙や朽ちた寝具に沈殿する。誰のものでもない部屋ほど、誰かの気配で満たされている。

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都道府県別の宿泊・居住跡スポット

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宿泊・居住跡·新潟県 西蒲原郡弥彦村

山荘竹武

山荘竹武は新潟県西蒲原郡弥彦村の観音寺温泉にあった旅館で、1970年前後に開業し、2012年から2014年ごろに廃業したとされる。観音寺温泉は平安時代に発見が伝わる古い湯治場で、旧北国街道の往来で栄えた歴史を持つ地域である。旅館は二階建ての建物を連結した構造で、廃業後も解体されずに長らく建物が残存し、蔦に覆われた外観がやがて心霊スポットとして語られるようになった。複数の探索記録では、建物の裏手でう

宿泊・居住跡·栃木県 日光市

鬼怒川第一ホテル

鬼怒川第一ホテルは、栃木県日光市藤原の鬼怒川温泉に位置した宿泊施設である。1956年にあさやホテルの支店として開業し、1980年に独立した施設として改称、1990年には新館が増築された。しかし親会社のあさやホテルの経営が悪化し、2004年に産業再生機構の支援を受ける事態となったことを受け、鬼怒川第一ホテルは2008年11月30日に閉館した。運営会社は2009年1月に自己破産を申請し、負債は約3億9

宿泊・居住跡·福島県 耶麻郡猪苗代町

横向温泉ロッジ

福島県耶麻郡猪苗代町、磐梯山系の山中に位置する横向温泉の一施設として、昭和40年代前半に開業した温泉旅館。地上4階地下1階建てで、プールを備えた中規模の保養施設だったが、1984年に営業を終え、以後長期間放置されている。廃業後は経年による損壊が進み、2015年や2022年には建物内で火災が発生し、内部の損傷はさらに進んだ。 複数の廃墟・怪談紹介サイトでは、浴場に少女の霊が現れる、3階の窓から少年

宿泊・居住跡·福島県 耶麻郡猪苗代町

翁島ペンション(幽霊ペンション)

福島県耶麻郡猪苗代町にある「翁島ペンション」は、双三角形の屋根とレンガ造りの暖炉を特徴とする洋風建築の廃墟で、「幽霊ペンション」の名で広く知られる。1970年代半ば、磐梯山麓・猪苗代湖畔一帯を大規模リゾート地とする構想のもとに計9棟の宿泊施設建設が計画されたが、資金難や現地までの道路事情などから計画は頓挫し、実際に完成したのはこの一棟のみだったとされる。営業実態は乏しく、早い時期から廃墟化が進んだ

宿泊・居住跡·岩手県 二戸市

緑風荘

岩手県二戸市の金田一温泉郷にある旅館「緑風荘」は、座敷わらし伝説で知られる宿である。伝承によれば、南北朝時代に南朝方であった一族の祖先がこの地に落ち延びる途中、同行していた六歳の男児が病でこの地に倒れ、一族を末代まで守ると言い残して亡くなったとされる。その霊は座敷わらしとして奥座敷「槐の間」に現れるようになり、姿を見た者には幸運が訪れると語られてきた。旅館は敷地内に亀麿神社を設け、この存在を単なる

宿泊・居住跡·長崎県 長崎市

シスター寮跡地

シスター寮跡地は、長崎市宮崎町の山中、川原大池からさらに山道を進んだ先にあった施設の跡である。明治期に建てられたレンガ造りの建物で、キリスト教系の孤児院ないし修道院として使われていたと伝えられる。市街地から離れ交通が不便だったことから運営が難しくなり、次第に利用されなくなって閉鎖に至ったとされ、その後建物は解体され、現在は跡地のみが残っている。この場所については、寮の二階で休んでいたシスターたちが

宿泊・居住跡·滋賀県 大津市

ホテル祇園

滋賀県大津市木の岡町、琵琶湖西岸に沿う旧西近江路(県道558号線)沿いに、1970年代前半に開業したラブホテルの廃墟があった。国道161号側からも看板が視認できる位置にあり、営業は1990年代までに終了したとみられる。かつて敷地には南北二棟の建物があったが、南側は2000年までに解体され、北側の建物は老朽化した姿のまま残存した。廃墟には四つある扉のうち一つだけ内部へ進入できるとされる扉があり、その

宿泊・居住跡·静岡県 富士宮市

ホテル青い鳥

静岡県富士宮市上井出、朝霧高原へ向かう県道沿いに位置するラブホテルの廃墟である。1976年に開業したが、廃業の時期は明らかになっていない。二階建てで、「エ」の字型に複数の棟が連結した特徴的な構造を持つ建物であり、2000年代後半には既に営業を停止し廃墟となっていたとされる。2010年代に入るとガラスの破損や不法投棄が進み、荒廃が一段と進行した。この施設をめぐっては、かつて館内で殺人事件が起き、それ

宿泊・居住跡·京都府 亀岡市篠町

モーテル・サンリバー(老ノ坂峠 廃モーテル)

京都府亀岡市篠町、老ノ坂峠に建つ廃モーテルで、新老ノ坂トンネルの上、旧国道9号沿いに位置する。1970年代後半から80年代初頭にかけて開業したとみられるラブホテル形態の宿泊施設で、2000年前後に営業を終えたとみられるが、閉業の詳しい経緯を記した資料は確認できない。閉業後、この管理棟2階の窓に若い女性の姿が見えるという噂が広まり、すすり泣くような声が聞こえる、あるいは室内のベッド下に女性の遺体が隠

宿泊・居住跡·愛知県 あま市

三角の家(甚目寺の家)跡地

愛知県あま市甚目寺の住宅地にかつて存在した、敷地が三角形をした一戸建て住宅の跡地。この土地はもともと墓地であったが移転により更地となり、区画整理を経て住宅用地として売却された。1980年代、若い夫婦がこの三角形の土地を購入して家を建てたとされるが、程なくして夫婦は死を遂げたと伝わる。ただし死因については自殺、事故死、事件など諸説あり定かではない。その後も新たな住人が入れ替わり入居したものの、いずれ

のうが高原廃墟群
宿泊・居住跡·広島県 東広島市

のうが高原廃墟群

広島県廿日市市の野貝原山に位置するのうが高原廃墟群は、かつての大規模リゾート施設跡地である。1965年に廿日市観光農園として営業を開始し、1971年に「のうが高原」と改名して本格的な開発が進められた。バブル景気のさなか、ホテル、キャンプ場、温泉施設など多くの建造物がこの山頂に立ち並んでいた。 この場所が独特の磁場を持つ理由は、施設開発以前に遡る。山頂には古代から磐座(いわくら)と呼ばれる神聖視さ

下田富士屋ホテル廃墟
宿泊・居住跡·静岡県 下田市

下田富士屋ホテル廃墟

静岡県下田市に残る旧富士屋ホテルの廃墟。1854年の黒船来航により日本最初の開港地となった下田は、江戸時代には風待ち湊として栄え、明治から昭和へと時を経て、『伊豆の踊子』の出版や伊豆急行線開業(1961年)によって観光地として急速に成長した。1987年度には観光客が600万人を超え、ホテル・旅館業の投資が相次いだ時代の産物がこのホテルである。鉄筋コンクリート造の建物は、昭和の高度成長期における伊豆