
下呂温泉廃旅館
下呂温泉は平安時代10世紀に湯ヶ峰の山頂付近に泉源が発見され、室町時代には五山僧によって有馬・草津と並ぶ「天下三名泉」として紹介されるようになった。鎌倉時代の1265年に泉源が現在地の飛騨川河原に移動したとされ、これを白鷺が導いたとする伝説として伝わっている。温泉街は奈良時代から飛騨と美濃を結ぶ官道上の重要な宿場として機能してきたが、安政の大洪水によって衰退。明治期の低迷を経て、大正時代のボーリング採掘と1930年の高山本線開業を機に再興された。1931年に湯之島館が開業するなど温泉地として再び繁栄したが、その後の観光需要の変化と経営環境の悪化により、幾つかの旅館が廃業。廃業後も取り�壊されず温泉街の一角に残されたものが、飛騨川沿いの景観を構成している。












