新潟県の心霊スポットランキング・一覧

21 スポット10 カテゴリ1 体験談

日本海に長く伸びる新潟県は、流刑の島・佐渡と北陸最大の難所を抱える土地である。順徳上皇や日蓮が流された佐渡の地で、江戸幕府の財政を支えた佐渡金山には、過酷な労役で命を落とした無宿人たちの怨念が坑道深くに眠る。波打ち際を命がけで渡った断崖・親不知では、子を失った親の慟哭が今も波音に重なって響き続けている。

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親不知
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親不知

糸魚川市·110 views
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清津峡渓谷トンネル(清津峡)
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清津峡渓谷トンネル(清津峡)

十日町市·58 views
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あてら集落(阿寺集落)

十日町市·46 views
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ホワイトハウス

新潟市西蒲区の角田浜近く、越後七浦シーサイドライン沿いから山側に入った場所に、鉄筋コンクリート造二階建ての廃屋が残っている。外壁が白いことから「ホワイトハウス」と通称され、建設時期は定かでないものの、1970年代には既にこの建物が存在していたことが確認されている。もともとの用途についても一般住宅、店舗、別荘など複数の説があり、確定した記録は残っていない。心霊スポットとして知られるようになったのは2000年より前とみられるが、その経緯は判然とせず、噂だけが先に広まっていったとされる。よく語られるのは、この家に移り住んだ一家の娘が精神的な病を患い、逃げ出さないよう二階の窓に鉄格子が取り付けられた部屋に隔離されたという内容で、最終的に家族に危害が及んだという結末が付け加えられることが多い。一方で、実際には事件は起きておらず、経営者が別荘として建てた建物が使われずに放置されただけだとする見方も存在し、どちらが真実かは確認されていない。訪問者からは、鉄格子の付いた二階の窓から白い服の女性がこちらを見つめているという目撃談や、屋内からの物音、写真への写り込みなどが伝えられている。

新潟市西蒲区·44 views·
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旧佐渡廃金山坑道

佐渡島の金山は17世紀に世界最大級の金生産地として栄え、江戸時代を通じて日本の経済を支えた。現在、坑道総延長は約400kmに及ぶが、観光施設として公開されるのはわずか約300mに過ぎない。観光ルートの外に残された閉鎖坑道の多くは、採掘当時の急勾配や水没構造、落盤の危険を伴ったまま山中に静かに横たわっている。 江戸時代の採掘は手掘りで進められ、特に海面下に達する坑道からの排水作業は、労働者にとって極めて危険な業務だった。歴史資料では、この過酷さから「この世の地獄」と呼ばれるほどの労働環境が記録されている。多くの労働者が坑内で命を失い、その記憶は現在でも島の歴史遺産として厳重に保護されている。 2024年、佐渡金山は世界文化遺産に登録され、その歴史的価値が国際的に認められた。廃坑道群は文化財として指定され、民間の体験談では金属音や気温低下といった報告が語り継がれており、これらは採掘当時の工学的特性(湿度、音の反響、地熱変化)と、労働者の足跡が刻まれた空間への歴史的記憶が重なる場所であることを示唆している。

佐渡市·35 views
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西海岸公園(お城公園)

新潟市中央区の日本海沿いに広がる西海岸公園(通称お城公園)は、約38万本の黒松林と砂丘を取り込んだ総合公園で、天守閣を模した滑り台が名物となっている。昭和62年には周辺一帯が「日本の白砂青松100選」に選ばれた景勝地でもある。この滑り台をめぐっては、暴行を受けたとされる少女が絶望のうちに最上部から身を投げたという話が伝わり、以来うつむいて立つ少女の姿や、滑り台付近から視線を感じるという体験が複数の記録に残されている。園内の松林でも縊死があったとされ、同様に人影を見たとの報告がある。ネット上の体験談では、車内が急に冷え込んだ、女性のうめき声や「死ね」という声を聞いたとする例、撮影中に足音や物音が記録されたという例も伝えられている。一方で、この滑り台は転落死に至るほどの高さではないとして飛び降り自殺の話に疑問を呈する検証記事が複数あり、少女の事件を裏付ける報道も見つかっていない。近隣に住む人々からも同種の事件事故を聞いたことがないという声があり、噂の域を出ない点が各記録で共通して指摘されている。

新潟市中央区·34 views
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佐渡金山

388年という気の遠くなるような歳月にわたり、無数の人々が過酷な労働を強いられた佐渡金山。坑道内では「作業員の霊が今も彷徨っている」「人形が突然動き出した」といった体験談が語られており、夜間に坑道付近を訪れた者が説明のつかない人影を目撃したという噂も絶えないとされる。江戸時代には罪人や流人が過酷な強制労働に従事させられており、その怨念が地中深くに染み込んでいるのではないかとも言われている。公開坑道の再現人形が「夜になると目が動く」「視線を感じる」という声もあり、訪問者の間では単なる観光スポットではないと囁かれることも多い。 佐渡金山は新潟県佐渡市の相川地区に位置し、慶長6年(1601年)に本格採掘が始まった。徳川幕府の天領として260年以上にわたり金銀収入を支え、明治以降は三菱の経営を経て1989年に休山。388年の操業に幕を閉じた。山頂が人の手によって真っ二つに裂けたV字型の「道遊の割戸」は、その壮絶な採掘の歴史を今に伝える象徴的な景観である。総延長400キロメートルに及ぶ坑道のうち、宗太夫坑・道遊坑などが現在も公開されており、江戸期から明治期の採掘技術を体感できる。2024年7月にはUNESCOの世界文化遺産「佐渡島の金山」として登録された。

佐渡市·33 views
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弥彦神社・奥の院

新潟県弥彦村の弥彦神社は創建から2400年以上の歴史を持ち、越後国一宮として古来より朝廷の厚い尊崇を受けた有力社である。祭神の天香山命は古事記に登場する神で、越国開拓の使命を帯びて野積の浜に上陸し、地域に漁業や製塩、稲作などの産業技術をもたらしたと伝えられている。第六代孝安天皇の時代に神去りして弥彦山に葬られたという社伝によれば、その後この地に廟社が営まれ、現在の奥の院(御神廟)となった。 弥彦山は標高634メートルの小高い山で、神体山として信仰されている。山頂の奥の院には天香山命と妃神が祀られ、春秋の御神廟祭では国家安泰と五穀豊穣が祈願される。麓の本社から山頂までは登拝路が整備され、表参道で約90分、ロープウェイ利用でも訪れられる。旧暦で区分された参道の作法や、夜間登山を慎む地域慣習が長く受け継がれてきたのは、山全体を神域として捉える信仰体系の表れである。

弥彦村·28 views
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鷹ノ巣トンネル

鷹ノ巣トンネルは新潟県十日町市宮中、信濃川に架かる宮中取水ダムの上に位置する隧道である。宮中取水ダムは昭和14年(1939年)、上越線や首都圏の鉄道電力供給を目的にJR東日本(旧鉄道省)の水力発電施設として建設され、現在も稼働する企業所有の設備となっている。トンネルのすぐ先には「あてら(阿寺)」と呼ばれた集落があったと伝わるが、現在は住民が離れ廃屋が残るのみとなっている。トンネル内部には祠が祀られ、御札が貼られているほか、神棚が置かれていた跡も確認できるという。この一帯では、ダム建設当時に労働者が多数死亡したとする話が伝わり、近くには慰霊のための公園があるとされる。こうした背景から、トンネル内では誰もいないはずの場所で足音が聞こえる、うめき声のような音が響くといった体験が語られるようになった。横穴の先は崖とダムの水面に接しており、暗く狭い構造も相まって、通行者の間で不安を誘う場所として知られている。

十日町市·26 views
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弥彦山奥院

新潟県西蒲原郡弥彦村の弥彦山山頂(標高634m)に鎮座する奥院(御神廟)は、祭神の天香山命と妃神の熟穂屋姫命を祀る神社の奥宮である。越後開拓の祖神とされる天香山命への信仰に始まり、社伝によれば紀元前392年に創建されたとされる越後一宮の中核的な聖地である。 弥彦山は海岸部に急峻に立ち上がる山容が特徴で、越後平野と日本海を一望する立地にある。修験道の山岳信仰の対象として古来より崇められ、参道沿いには修行の痕跡が残存している。 ネット上では山頂付近での不可解な体験を語る登山者の声が散見されるが、実際には弥彦山は冬季の積雪時を中心に気象が急変しやすく、滑落事故の危険が常に存在する山である。霧や視界不良による方向感覚の喪失、疲労による判断低下が、通常の登山体験を異質に感じさせる可能性が考えられる。

西蒲原郡弥彦村·23 views

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旧佐渡廃金山坑道
新潟県 佐渡市·山道・峠

旧佐渡廃金山坑道

佐渡島の金山は17世紀に世界最大級の金生産地として栄え、江戸時代を通じて日本の経済を支えた。現在、坑道総延長は約400kmに及ぶが、観光施設として公開されるのはわずか約300mに過ぎない。観光ルートの外に残された閉鎖坑道の多くは、採掘当時の急勾配や水没構造、落盤の危険を伴ったまま山中に静かに横たわっている。 江戸時代の採掘は手掘りで進められ、特に海面下に達する坑道からの排水作業は、労働者にとって極めて危険な業務だった。歴史資料では、この過酷さから「この世の地獄」と呼ばれるほどの労働環境が記録されている。多くの労働者が坑内で命を失い、その記憶は現在でも島の歴史遺産として厳重に保護されている。 2024年、佐渡金山は世界文化遺産に登録され、その歴史的価値が国際的に認められた。廃坑道群は文化財として指定され、民間の体験談では金属音や気温低下といった報告が語り継がれており、これらは採掘当時の工学的特性(湿度、音の反響、地熱変化)と、労働者の足跡が刻まれた空間への歴史的記憶が重なる場所であることを示唆している。

佐渡金山
新潟県 佐渡市·路上・交差点

佐渡金山

388年という気の遠くなるような歳月にわたり、無数の人々が過酷な労働を強いられた佐渡金山。坑道内では「作業員の霊が今も彷徨っている」「人形が突然動き出した」といった体験談が語られており、夜間に坑道付近を訪れた者が説明のつかない人影を目撃したという噂も絶えないとされる。江戸時代には罪人や流人が過酷な強制労働に従事させられており、その怨念が地中深くに染み込んでいるのではないかとも言われている。公開坑道の再現人形が「夜になると目が動く」「視線を感じる」という声もあり、訪問者の間では単なる観光スポットではないと囁かれることも多い。 佐渡金山は新潟県佐渡市の相川地区に位置し、慶長6年(1601年)に本格採掘が始まった。徳川幕府の天領として260年以上にわたり金銀収入を支え、明治以降は三菱の経営を経て1989年に休山。388年の操業に幕を閉じた。山頂が人の手によって真っ二つに裂けたV字型の「道遊の割戸」は、その壮絶な採掘の歴史を今に伝える象徴的な景観である。総延長400キロメートルに及ぶ坑道のうち、宗太夫坑・道遊坑などが現在も公開されており、江戸期から明治期の採掘技術を体感できる。2024年7月にはUNESCOの世界文化遺産「佐渡島の金山」として登録された。

加茂山公園
新潟県 加茂市·公園・城址

加茂山公園

新潟県加茂市の市街地に隣接する加茂山一帯を整備した都市公園。青海神社の境内地整備を起点に明治期以降公園として姿を整えたとされ、参道入口や要害城砦跡など、かつての社地・城跡の面影を残す一帯でもある。この城跡は戦国時代の御館の乱で上杉景虎方が籠城し、最終的に落城したとされる古戦場でもあり、そうした歴史とともに、過去に首吊りがあったとする話が心霊スポットとしての由来として紹介されることがある。現在はリス園やローラースライダー、雪椿の群生地、彫刻の森などが並ぶ市民の行楽地として知られる一方、インターネット上の怪談紹介サイトでは加茂市内の心霊スポットの一つとして取り上げられている。野外ステージの裏手には霊が出るという噂があり、見晴台付近で撮った写真・動画に顔のようなものが写り込んだという報告が複数の記事で共通して紹介されている。このスポットは「女性の霊」が語られることでも知られ、心霊サイトの投票では他の目撃談を上回って女性の霊が最も多く選ばれている。ある投稿者は撮影した映像に緑色の不気味な顔が映っていたと述べている。体験談を集めたサイトには、山中の立て札にまつわる不気味な出来事を伝える投稿もある。一方で、心霊スポットという話自体を聞いたことがないという住民側からの異論も見られ、噂の実態には幅がある。日中は観光客や家族連れで賑わう公園だが、夜間は照明の乏しい林間部分もあり、そうした明暗の差がこの種の噂を呼びやすい環境になっているとされる。

新潟県 加茂市·水辺

下条川ダム

新潟県加茂市の下条川ダムは、湿生植物園やトンボの生態園、自然学習館、キャンプ場を備えた親水公園として整備され、春には約700本のソメイヨシノが咲き、ヘラブナ釣りの名所として日中は釣り人でにぎわう。日中の賑わいに対し、夜間は照明も少なく静まり返ると紹介されることもある。一方で複数の心霊スポット紹介サイトでは、湖の中ほどに架かる赤い吊り橋を中心に女性の霊が目撃されるとする噂が取り上げられている。橋のたもとで釣りをしていた人が衣服をまとった白骨を引き上げたという逸話も伝えられるが、出典元でも裏付けとなる具体的な事件記録は確認されていない。周辺では自殺にまつわる噂も紹介されているものの、裏付けとなる事件の記録は見当たらない。現地を訪ねたブロガーは、誰も渡っていない吊り橋が音を立てて揺れる体験や、写した写真に発光体が写り込んだという体験を記しているが、苔の反射など自然現象として説明する見方も併記されている。

新潟県 十日町市·隧道・トンネル

鷹ノ巣トンネル

鷹ノ巣トンネルは新潟県十日町市宮中、信濃川に架かる宮中取水ダムの上に位置する隧道である。宮中取水ダムは昭和14年(1939年)、上越線や首都圏の鉄道電力供給を目的にJR東日本(旧鉄道省)の水力発電施設として建設され、現在も稼働する企業所有の設備となっている。トンネルのすぐ先には「あてら(阿寺)」と呼ばれた集落があったと伝わるが、現在は住民が離れ廃屋が残るのみとなっている。トンネル内部には祠が祀られ、御札が貼られているほか、神棚が置かれていた跡も確認できるという。この一帯では、ダム建設当時に労働者が多数死亡したとする話が伝わり、近くには慰霊のための公園があるとされる。こうした背景から、トンネル内では誰もいないはずの場所で足音が聞こえる、うめき声のような音が響くといった体験が語られるようになった。横穴の先は崖とダムの水面に接しており、暗く狭い構造も相まって、通行者の間で不安を誘う場所として知られている。

新潟県 十日町市·集落・廃村

あてら集落(阿寺集落)

新潟県十日町市小原、信濃川本流に設けられた宮中取水ダムのそばに、かつて「あてら(阿寺)」と呼ばれた集落があったとされる。ダムへ向かう国道353号線沿いのトンネル(通称・鷲ノ巣トンネル)を抜けた先に位置し、茅葺き屋根の家屋が立ち並ぶ廃村として紹介されてきた。宮中取水ダムは信濃川の電源開発を目的として1920年に着工し、18年をかけて1938年に完成した重力式コンクリートダムで、現在もJR東日本の信濃川発電所の取水施設として使われている。この長期にわたる工事では多数の労働者が犠牲になったと伝えられ、朝鮮人労働者が数百人単位で死亡したという説も心霊系の紹介サイトで語られているが、この人数について公的な記録では確認されておらず、あくまで未検証の伝承である。その後付近に慰霊のための公園が設けられたとされる。トンネル内には祠が祀られ、お札が貼られている場所として知られる。こうした背景から、トンネルを抜けた先の廃村は次第に不気味な場所として扱われるようになり、男性の霊が出るという噂や、夜間に訪れた人物がうめき声を聞き、その後事故や怪我に遭ったという体験談も一部で語られている。ただ近年の情報では、あてら集落の茅葺き屋根の家屋はすでに失われ、祠のようなものが残るだけだとも報告されている。

清津峡渓谷トンネル(清津峡)
新潟県 十日町市·隧道・トンネル

清津峡渓谷トンネル(清津峡)

新潟県十日町市の清津峡は、黒部峡谷・大杉谷と並び日本三大峡谷に数えられる景勝地で、柱状節理の岩壁と清津川の急流が造り出す渓谷美で知られる。かつては渓谷沿いに遊歩道が設けられていたが、1988年7月31日に落石が観光客の頭部を直撃する死亡事故が発生し、以後通行が禁止された。安全に渓谷を眺められる代替手段を求める地元や観光客の要望を受け、歩道トンネルの建設が進められ、1996年10月に全長750メートルの清津峡渓谷トンネルが開業した。トンネルは複数の見晴所とパノラマステーションを備え、2018年には芸術作品として改修されて写真映えする観光地となり、現在は多くの旅行者が訪れる。一方で、開業前の渓谷で人命が失われた経緯があることから、ネット上の一部動画や記事ではこのトンネルが心霊スポットとして紹介されることがある。渓谷特有の狭く暗い空間と、過去の死亡事故の記憶が結びつき、そうした噂を生む土台になっていると考えられる。

旧小千谷廃紡績工場
新潟県 小千谷市·廃墟・残骸

旧小千谷廃紡績工場

新潟県小千谷市の旧市街地に残る煉瓦造りの紡績工場跡。かつて越後の織物産業を支えていた施設で、操業を停止してから長くそのまま放置されている。 訪問者の投稿では、窓に光が見える、あるいは建物全体から想像以上の雰囲気を受けると報告されている。実見した者からは「長居ができない場所だった」という印象が寄せられている。煉瓦壁の老朽化と残置された機械が目立つ状態が、訪問者に何らかの心理的反応をもたらしているとみられる。 当地は同時代の産業建造物として、地域の近代化史に関わる現存例である。

弥彦神社・奥の院
新潟県 弥彦村·神域・霊場

弥彦神社・奥の院

新潟県弥彦村の弥彦神社は創建から2400年以上の歴史を持ち、越後国一宮として古来より朝廷の厚い尊崇を受けた有力社である。祭神の天香山命は古事記に登場する神で、越国開拓の使命を帯びて野積の浜に上陸し、地域に漁業や製塩、稲作などの産業技術をもたらしたと伝えられている。第六代孝安天皇の時代に神去りして弥彦山に葬られたという社伝によれば、その後この地に廟社が営まれ、現在の奥の院(御神廟)となった。 弥彦山は標高634メートルの小高い山で、神体山として信仰されている。山頂の奥の院には天香山命と妃神が祀られ、春秋の御神廟祭では国家安泰と五穀豊穣が祈願される。麓の本社から山頂までは登拝路が整備され、表参道で約90分、ロープウェイ利用でも訪れられる。旧暦で区分された参道の作法や、夜間登山を慎む地域慣習が長く受け継がれてきたのは、山全体を神域として捉える信仰体系の表れである。

新潟県 新潟市中央区·公園・城址

西海岸公園(お城公園)

新潟市中央区の日本海沿いに広がる西海岸公園(通称お城公園)は、約38万本の黒松林と砂丘を取り込んだ総合公園で、天守閣を模した滑り台が名物となっている。昭和62年には周辺一帯が「日本の白砂青松100選」に選ばれた景勝地でもある。この滑り台をめぐっては、暴行を受けたとされる少女が絶望のうちに最上部から身を投げたという話が伝わり、以来うつむいて立つ少女の姿や、滑り台付近から視線を感じるという体験が複数の記録に残されている。園内の松林でも縊死があったとされ、同様に人影を見たとの報告がある。ネット上の体験談では、車内が急に冷え込んだ、女性のうめき声や「死ね」という声を聞いたとする例、撮影中に足音や物音が記録されたという例も伝えられている。一方で、この滑り台は転落死に至るほどの高さではないとして飛び降り自殺の話に疑問を呈する検証記事が複数あり、少女の事件を裏付ける報道も見つかっていない。近隣に住む人々からも同種の事件事故を聞いたことがないという声があり、噂の域を出ない点が各記録で共通して指摘されている。

新潟県 新潟市西蒲区·廃墟・残骸

ホワイトハウス

新潟市西蒲区の角田浜近く、越後七浦シーサイドライン沿いから山側に入った場所に、鉄筋コンクリート造二階建ての廃屋が残っている。外壁が白いことから「ホワイトハウス」と通称され、建設時期は定かでないものの、1970年代には既にこの建物が存在していたことが確認されている。もともとの用途についても一般住宅、店舗、別荘など複数の説があり、確定した記録は残っていない。心霊スポットとして知られるようになったのは2000年より前とみられるが、その経緯は判然とせず、噂だけが先に広まっていったとされる。よく語られるのは、この家に移り住んだ一家の娘が精神的な病を患い、逃げ出さないよう二階の窓に鉄格子が取り付けられた部屋に隔離されたという内容で、最終的に家族に危害が及んだという結末が付け加えられることが多い。一方で、実際には事件は起きておらず、経営者が別荘として建てた建物が使われずに放置されただけだとする見方も存在し、どちらが真実かは確認されていない。訪問者からは、鉄格子の付いた二階の窓から白い服の女性がこちらを見つめているという目撃談や、屋内からの物音、写真への写り込みなどが伝えられている。

柏崎市廃原子力施設周辺の怪奇
新潟県 柏崎市·その他

柏崎市廃原子力施設周辺の怪奇

新潟県柏崎市の柏崎刈羽原子力発電所は、日本海沿岸に位置する大規模な原子力発電施設で、7基の原子炉を備えている。2007年の新潟県中越沖地震で複数の炉が停止して以来、運転状況が大きく変わった。施設は高い金網フェンスで囲まれ、周辺道路からも建屋や冷却塔が視認できる。 周辺地域では、原発の存在と関わる複雑な背景が、独特の雰囲気を醸成している。施設の運転・停止の判断に伴う地域の経済変動、安全性をめぐる社会的議論、夜間の巡視灯が海岸線を照らす風景など、日常と非日常が交錯する空間となっている。海岸線の松林と施設の構造物が重なる光景は、訪問者に強い印象を与える。電磁波の影響や深夜の静寂、照明と暗がりの対比が相まって、不可解な現象の報告に結びつくことがある。 発電所周辺は警備上重要な区域であり、フェンスへの接近・撮影・夜間徘徊は不審行動として通報・職務質問の対象となる。心霊目的の訪問は厳に控え、地域住民の生活と施設管理への配慮を最優先とし、興味本位の夜間走行や近接撮影は厳に慎むこと。

湯沢町旧苗場スキー場廃施設
新潟県 湯沢町·廃墟・残骸

湯沢町旧苗場スキー場廃施設

新潟県南魚沼郡湯沢町は、首都圏に近い雪国として1980年代後半から急速なスキーリゾート開発が進んだ町である。1985年から1991年ごろにかけては数千戸規模のリゾートマンションが分譲され、苗場を含む一帯に大小のゲレンデや宿泊・レジャー施設が集中した。しかしバブル崩壊後はスキー人口の縮小とともに需要が細り、稼働を止めたゲレンデや、買い手のつかないまま老朽化していく建物が各所に残ることになった。苗場周辺でも複数の小規模スキー場が営業を終えており、こうした施設跡の一つが、シーズンオフの廃ゲレンデをめぐる怪異の舞台としてネット上で取り上げられることがある。 話の内容は、雪のない斜面を滑る人影を見た、動かないはずのリフトの方向から音がした、といった趣旨のものが中心で、いずれも確認された事実ではなく訪問者の印象として書き込まれているものである。かつて賑わったレジャー空間が機能を失った状態そのものが、こうした話の背景にあると見られる。なお、これらの施設跡は現在も所有者が管理する土地であり、老朽化した構造物は崩落などの危険を伴う。

親不知
新潟県 糸魚川市·山道・峠

親不知

新潟県糸魚川市の西部、北アルプスの北端が日本海へと突き出す海岸線一帯を、親不知(おやしらず)と呼ぶ。市振から青海まで約15キロメートルの間、海岸線にほぼ垂直に切り立った高さ300〜400メートルの断崖が連続する地形で、古代から北陸道屈指の難所として知られてきた。 地名の由来は、波打ち際の狭い砂浜を駆け抜けて通過する際、波にさらわれた親子の悲話に基づく。波の引いた瞬間を狙って親が先に走り、子も別の波の隙を狙って走るしかなかったため、互いの安否を気遣う暇がなかった、というのが地元の言い伝えとして伝わっている。 明治16年(1883年)、新潟県の道路改良事業で本格的な車道が開削された。それ以前の北陸街道は文字通り波打ち際の砂浜を通る命がけの道だった。明治期以降、トンネルと国道の整備が進み、現在は国道8号、北陸自動車道、JR北陸本線(現・えちごトキめき鉄道日本海ひすいライン)が並走している。 親不知海岸の眺望と地学的価値は高く、フォッサマグナと糸魚川静岡構造線の研究対象地のひとつとして地質学者に注目されてきた。糸魚川ユネスコ世界ジオパークの構成サイトに含まれており、ジオパーク観光のメインスポットになっている。

旧三国トンネル
新潟県 湯沢町·隧道・トンネル

旧三国トンネル

新潟県糸魚川市の山間部にある旧三国トンネルは、1960年代に建設された隧道で、1990年代に廃止された。現在は廃隧道として残されている。 この場所について、後部座席に誰かが座っているような感覚を受けたという体験が報告されており、振り返ると誰もいなかったという報告がある。訪問経験者からは「二度と行かない」といった反応も聞かれており、地元では怖い場所として認識されている。 トンネルと取付道路は立入が制限されており、廃道は落石・崩落などの危険を伴う。

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