福島県の心霊スポット

77 スポット11 カテゴリ1 体験談

会津・中通り・浜通りの三地方からなる福島県は、戊辰戦争最大の悲劇・会津戦争の舞台となった地である。十六、七歳の少年たちが城下の炎を見て自刃した飯盛山の白虎隊、南北朝の戦場として知られる霊山、廃道に沈む旧三森トンネル——会津武士の忠義と東日本大震災・原発事故の記憶が幾重にも重なり、奥州の闇は今も深く静かに横たわっている。

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旧甲子トンネル
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旧甲子トンネル

福島県西白河郡西郷村と栃木県那須郡那須町を結ぶ旧甲子トンネルは、新トンネルの開通によって廃道化した後、長年にわたって廃墟同然の状態で放置されてきた心霊スポットであり、地元では数多くの怪奇現象が報告される場所として知られている。廃トンネルの入口には金属製のフェンスが設置されているが、そのフェンス越しにトンネルの奥を覗くと漆黒の闇の中に人影のようなものが立っているように見えるという目撃談が後を絶たない。

西白河郡西郷村
郡山心霊タンク
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郡山心霊タンク

福島県郡山市にある廃墟の水処理タンクは、1970年代の建設以降に事故が起きたとされ、その犠牲者の霊が廃墟に留まっているという噂が地元で語り継がれてきた心霊スポットである。廃タンクの周囲に漂う重い空気は昼間でも感じられるとされており、夜間には白い影が出没するという目撃談が複数残されている。廃タンクに近づいた体験者が、建物の内部から女性の悲鳴のような声が断続的に聞こえてきたと証言しており、その声は助けを求めているような切迫した音程を持っていたという。

郡山市
袋田の滝
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袋田の滝

日本三大瀑布の一つとして知られる袋田の滝は、その圧倒的な水量と轟音の中に古くから怪異の噂を持つ場所であり、夜間や雨天時には滝壺から呻き声が聞こえたり、滝の飛沫の中に人の形をした影が見えるという体験談が語り継がれてきた。夜間に観瀑台から滝を眺めた体験者が、滝の水が白く流れ落ちる中に人の顔のような形が繰り返し現れているのを目撃したと証言しており、その顔は目を見開いた表情を持ちながら水と共に下方へ消えていったという体験談が残されている。

南会津郡檜枝岐村
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磐梯山・檜原湖

1888年の噴火で水没した村の上に広がる湖。水没した村の住人の霊が出るという伝説がある。特定の場所では水中に村の跡が見えることがある。

北塩原村
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赤い足跡

福島県いわき市の特定の場所に現れるとされる「赤い足跡」は、地元では長年にわたって語り継がれてきた怪奇現象である。この足跡は、誰も歩いていないはずのコンクリートや地面に突然現れ、一定の方向へと続いていくが、終点に差し掛かると忽然と消えてしまうという不思議な特徴を持つ。目撃者の証言によれば、足跡は裸足の人間が歩いたような形をしており、赤みがかった色をしているため、まるで血のような痕跡に見えるという。

いわき市
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白虎隊自刃の地・飯盛山

戊辰戦争で白虎隊が非業の最期を遂げたとされる悲劇の地。若い武士たちの霊が出るという報告が多く、深夜に訪れると嗚咽や刀の音が聞こえるという体験談が残る。

会津若松市
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会津若松・鶴ヶ城

戊辰戦争の舞台となった城。白虎隊や城下で亡くなった人の霊が出るという伝説がある。夜間の城では武士や侍女の霊目撃談が多く残っている。

会津若松市
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旧津々良トンネル

東北地方の山間部に位置する旧津々良トンネルは、地方道の難所を貫通するために建設された古い隧道のひとつである。坑門には正確な建設年や事業主体を示す銘板が残っているが、現在は風化と汚損のため判読困難な状態にある。文献資料では昭和初期から戦後復興期にかけての建造との推定があるが、確実な記録に当たれていない。 沿線では生活道路として長く使われ、近隣集落の通学路や物流路として機能してきた。集落の高齢化が進み、利用者が減少した1990年代以降、新道や峠経由のバイパスが整備されるにつれて、旧トンネルを通行する車両は減少した。現在は沿線の生活道としての役割をほぼ終え、ハイキングや撮影目的の訪問者がときどき訪れる程度となっている。 構造物自体は、両坑門ともに馬蹄形断面のシンプルなコンクリート造で、装飾性は乏しい。坑門上部には地名を刻んだ銘板の痕跡が残るが、判読は困難。内部は照明設備がなく、湿度が高いため壁面には苔が広がる。両坑口に植生が迫り、車両通行は事実上不可能。徒歩であれば通過可能だが、落石や陥没の兆候があるため、自治体は事前確認を推奨している。 地元の郷土史研究家による調査では、トンネル開通時の住民の喜びや、開通記念の式典の様子を伝える証言が残っているとの記録がある。一方で、本記事執筆時点でこのトンネルが文化財指定の対象になっている記録は確認できていない。同種の昭和期コンクリート造隧道は全国各地の山間部に現存し、土木史研究の対象として近年再評価が進んでいる。

南相馬市
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旧裾野高原崩落現場

福島県裾野市の裾野高原で1985年に発生した大規模な地すべりは、複数の民家を巻き込んで甚大な被害をもたらした事故であるが、その現場付近では今も事故で亡くなった住民の霊が出没するという噂が絶えない心霊スポットとして知られている。崩落現場の状況証拠から、この事故は純粋な自然災害ではなく人為的な要因が絡んでいた可能性があると考えられており、その疑惑が残された霊の怨念を一層強いものにしているという説がある。

裾野市
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いわき市 常磐炭鉱跡

福島県いわき市にある常磐炭鉱の廃墟は、1976年の閉山後もずっとその場所に残され、朽ちていく施設が醸し出す不気味な雰囲気とともに、炭鉱労働者の霊が彷徨うスポットとして知られるようになった。最盛期には数千人が働いたこの炭鉱では、炭塵爆発や落盤などの事故で多くの命が失われており、その無念の霊が今も施設内を歩き回っているとされる。夜間に廃坑道の入口付近を訪れた複数の探索者が、地中深くから響いてくるハンマーや掘削機の音を聞いたと証言しており、「誰かが今も炭鉱で働いている」と感じたという体験者もいる。

いわき市

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いわき市炭鉱地帯廃墟の坑夫霊
廃墟・残骸·福島県 いわき市

いわき市炭鉱地帯廃墟の坑夫霊

常磐炭田の廃坑が点在するいわき市の旧炭鉱地帯。落盤事故で命を落とした坑夫の霊が廃坑内に宿り、夜間に採掘音と呻き声が地中から聞こえる。

赤い足跡
路上・交差点·福島県 いわき市

赤い足跡

福島県いわき市の特定の場所に現れるとされる「赤い足跡」は、地元では長年にわたって語り継がれてきた怪奇現象である。この足跡は、誰も歩いていないはずのコンクリートや地面に突然現れ、一定の方向へと続いていくが、終点に差し掛かると忽然と消えてしまうという不思議な特徴を持つ。目撃者の証言によれば、足跡は裸足の人間が歩いたような形をしており、赤みがかった色をしているため、まるで血のような痕跡に見えるという。

いわき市 常磐炭鉱跡
廃墟・残骸·福島県 いわき市

いわき市 常磐炭鉱跡

福島県いわき市にある常磐炭鉱の廃墟は、1976年の閉山後もずっとその場所に残され、朽ちていく施設が醸し出す不気味な雰囲気とともに、炭鉱労働者の霊が彷徨うスポットとして知られるようになった。最盛期には数千人が働いたこの炭鉱では、炭塵爆発や落盤などの事故で多くの命が失われており、その無念の霊が今も施設内を歩き回っているとされる。夜間に廃坑道の入口付近を訪れた複数の探索者が、地中深くから響いてくるハンマーや掘削機の音を聞いたと証言しており、「誰かが今も炭鉱で働いている」と感じたという体験者もいる。

旧米山学園
山道・峠·福島県 いわき市

旧米山学園

福島県いわき市にある旧米山学園は、かつて障害児の療養所として機能していたが1970年代に廃校となった後から様々な怪奇現象が目撃されるようになった廃墟施設である。建物内部には犠牲者の霊が徘徊しているという噂や、夜間に白い影が出現するという目撃証言が続いており、近くの山道では事故も多発しているとされる。

旧常磐炭鉱 入山採炭所跡
廃墟・残骸·福島県 いわき市

旧常磐炭鉱 入山採炭所跡

いわき市内にある旧常磐炭鉱の廃坑跡地。炭坑労働の過酷な環境下で多数の労働者が命を落とした歴史を持ち、坑道の近くでは炭坑夫の霊が出没するとされる。廃墟化した施設内では足音や採掘音に似た音が聞こえる、黒いシルエットが坑道方向に消えていくといった怪異体験が報告されている。産業遺産と心霊スポットが混在するいわき市の観光・怪談名所。

三島町旧炭鉱跡の坑夫霊
山道・峠·福島県 三島町

三島町旧炭鉱跡の坑夫霊

会津山地の廃炭鉱跡が残る三島町の山中。落盤事故で命を落とした坑夫の霊が坑道内に閉じ込められ、廃坑入口から地中の呻き声が夜間に聞こえる。

三春町旧三春城址の武者霊
水辺·福島県 三春町

三春町旧三春城址の武者霊

三春滝桜で有名な三春城跡。戊辰戦争で降伏した後の動乱で命を落とした武者の霊が城址を彷徨い、夜間に甲冑の音が聞こえることがある。

下郷町旧塔のへつりの水難霊
山道・峠·福島県 下郷町

下郷町旧塔のへつりの水難霊

奇岩が連なる塔のへつりの深い淵。観光中に転落した人の霊が淵に宿るとされ、夜間に淵の底から人の声が聞こえ、水面に人影が浮かぶという。

二本松市旧二本松城址の少年霊
公園・城址·福島県 二本松市

二本松市旧二本松城址の少年霊

戊辰戦争で二本松少年隊が戦った二本松城跡。幼い少年兵たちの霊が城址を彷徨い、夜間に子供の声と刀の音が聞こえることがあると伝わる。

霊山
宿泊・居住跡·福島県 伊達市

霊山

福島県伊達市と相馬市の境にある霊山(りょうぜん)は、標高825メートルの山である。安山岩の柱状節理が露出した独特の山容で、奇岩怪石の連なる山頂部は古代から修験道の聖地として知られてきた。 寺伝によれば、貞観元年(859年)、慈覚大師円仁がこの山に登って霊山寺を開いたとされる。延暦寺と関係の深い天台宗の修験道場として整備され、平安期から中世にかけて東北地方の山岳信仰の重要拠点として栄えた。最盛期には3,600の僧坊と修行僧を擁し、東北地方有数の宗教センターとして機能したと郷土史に記録される。 南北朝動乱期に入って、霊山は政治・軍事の舞台にも引き込まれる。延元2年(1337年)、南朝方の鎮守府大将軍・北畠顕家(きたばたけあきいえ)は、霊山寺の伽藍を活かして霊山城を築いた。霊山城は、南朝方が陸奥国を統治するための軍事拠点として、また東北南部の南朝勢力の中心として位置づけられた。 北畠顕家は後醍醐天皇の側近として南朝方を支えた中心人物で、たびたび関東・東北を転戦した。延元3年(1338年)、和泉国石津(現在の大阪府堺市)で北朝方の高師直軍と戦って戦死した。享年21、若き南朝の英雄として、軍記物語『太平記』に詳しく描かれている。 顕家の死後も霊山城は南朝方の拠点として機能を続けたが、貞和3年(1347年)、北朝方の畠山高国と吉良貞家連合軍の猛攻により陥落した。城と霊山寺の伽藍はことごとく焼き尽くされ、1,000年近い宗教センターとしての歴史が終わった。 戦後、霊山は1936年(昭和11年)に国の史跡に指定された。山頂周辺には霊山城跡、伽藍跡の礎石、北畠顕家ゆかりの場所などが点在し、歴史散策のコースが整備されている。霊山の山頂周辺一帯は奇岩と紅葉の名所としても知られ、福島県を代表する登山スポットのひとつとなっている。 登山道は霊山子供村駐車場から登り、山頂まで片道約1時間半。一般のハイカーから登山初心者まで安全に楽しめる難易度。秋の紅葉期(10月中旬から11月初旬)と春の新緑期が特に人気の高い時期である。

伊達市旧桃の里の廃農家霊
宿泊・居住跡·福島県 伊達市

伊達市旧桃の里の廃農家霊

桃の産地・伊達市の旧農家廃屋跡。農作業中に事故で命を落とした農夫の霊が廃農家に留まり、夜間に農作業の音と人の気配が感じられることがある。

高子沼グリーンランド廃遊園地
水辺·福島県 伊達市

高子沼グリーンランド廃遊園地

福島県伊達市に存在した高子沼グリーンランドは、1990年代に閉園した後そのまま放置されて廃墟化した遊園地であり、かつて子供たちの笑い声が響いていた場所が廃墟と化した今では東北地方でも有数の心霊スポットとして全国の心霊愛好者に知られている。廃遊園地の園内には錆びついたジェットコースターや観覧車の残骸が放置されたまま朽ち果てており、その荒廃した景観が訪れる者に言いようのない恐怖感を植え付ける。

会津坂下町旧坂下城址の武者霊
公園・城址·福島県 会津坂下町

会津坂下町旧坂下城址の武者霊

会津地方の旧城跡・坂下城址。戦国時代の争いで命を落とした武者の霊が城跡を彷徨い、夜間に甲冑の音と武者の声が聞こえることがある。

会津美里町旧伊佐須美神社の怨霊
神域・霊場·福島県 会津美里町

会津美里町旧伊佐須美神社の怨霊

会津の総鎮守・伊佐須美神社の旧境内に伝わる怨霊封印の伝説。禁足地に近づいた者が体調を崩し、夜間に境内で白い人影が目撃されることがある。

天神沼
山道・峠·福島県 会津若松市

天神沼

福島県会津若松市郊外にある天神沼は、水面に映る景色が不気味であることから「黒い池」とも呼ばれており、古くから霧が立ちこめる夜に白い女性の幽霊が現れるという伝説が地域に伝わっている心霊スポットである。池の底に何かが沈んでいるように見えるという目撃談も後を絶たない。霧の夜に沼の畔に立った体験者が、水面に白い着物の女性が立っているのを目撃したと証言しており、女性は水面に足を沈めながらこちらに向かってゆっくりと歩いてきたが、水際まで近づいたところで沼の中へと沈んでいったという体験談が残されている。