いちき串木野市の廃農村
薩摩半島の廃農村で農民の霊が残り、農繁期になると農作業の音と歌声が夜に聞こえてくる。
桜島の噴煙が常にたなびく薩摩は、島津七百年の治世と西郷隆盛、特攻隊の記憶を抱える九州最南端の地である。大正噴火の溶岩に呑まれた村落の痕跡、未確認生物イッシーの伝説残る池田湖、西南戦争終焉の城山洞窟、知覧から飛び立った若者たちの遺影——薩摩隼人の誇りと火山の脅威、戦争の影が幾重にも重なり、南国の青空の下に深い闇を湛えている。
鹿児島県曽於市にある死の絶壁と呼ばれる崖地は、昔から転落事故が多発する場所として知られており、亡くなった人の霊が徘徊しているという噂が地元に広まっている心霊スポットである。夜になると人影が見えたり突然吹き抜ける風に怯えるという目撃談が多数寄せられている。深夜に絶壁の縁に近づいた体験者が、崖の縁の少し外側の空中に白い人影が浮いているのを目撃したと証言しており、その影は崖の縁から体を前に傾けた姿勢で静止していたが、視線を向けると影が崖下の方向へと落下するように消えていったという体験談が残されている。
鹿児島県南九州市にある知覧特攻平和会館は、太平洋戦争末期の特攻作戦に従事した若き搭乗員たちの遺品や遺書を展示する施設だ。1036名の若者がここから出撃し、沖縄へ向かって飛び立ち、二度と帰ることはなかった。平均年齢22歳という若さで命を散らした彼らの遺書には、家族への深い愛情と国への忠義が綴られており、読む者の心を強く打つ。この施設の周辺では、特攻隊員たちの霊的な存在を感じたという体験談が数多く残されている。
鹿児島県指宿市にある赤いトンネルは、廃線となった鉄道トンネルの一部であり、地元では古くから強烈な怪奇現象が報告されてきた心霊スポットである。このトンネルに踏み込んだ者の多くが、奥の方から赤みがかった光が漂っているのを目撃しており、その光は近づくと消えてしまうが、引き返そうとすると再び現れるという不思議な現象が続くとされる。
鹿児島県日置市の湯之元温泉郷に残る廃旅館群は、昭和の温泉ブーム期に多くの宿泊客で賑わった旅館が次々と廃業した後、そのまま放置されて廃墟化したものであり、南九州地方でも有名な心霊スポットとして地元の心霊愛好者の間で広く知られている。廃旅館の建物の中には当時の客室や浴場の設備がそのまま残されているものもあり、生活感の残る廃墟が醸し出す独特の不気味さが訪れる者に強烈な恐怖感を与える。
鹿児島県指宿市の薩摩半島南東部にある池田湖は、九州最大の淡水湖である。周囲約15キロメートル、最大水深233メートル、湖面標高66メートル。地質学的にはカルデラ湖で、約5,500年前の池田カルデラ噴火によって生まれた地形が、その後の地下水と河川の流入で湛水したものとされる。 湖の中央には湖底火山があり、現在の湖底地形に大きな起伏が残っている。湖底の中央部には大きなドーム状の隆起があり、その周辺は最深部の233メートルに達する。日本国内の淡水湖のなかで、この最大水深は田沢湖(秋田、423.4メートル)、支笏湖(北海道、360.1メートル)、十和田湖(青森・秋田、326.8メートル)に次いで4位の深度で、九州随一の深湖となっている。 池田湖の代表的な生物として、オオウナギが知られる。日本国内に生息するウナギの中でも大型に成長する種で、池田湖では体長2メートル、胴回り50センチを超える個体も確認されている。鹿児島県は1964年(昭和39年)に池田湖周辺のオオウナギ生息地を県の天然記念物に指定し、保護を続けている。 1978年(昭和53年)9月、池田湖周辺の住民が、湖面を進む大型の黒い物体を目撃したと相次いで証言した。地元紙と全国メディアの報道を経て「イッシー」と呼ばれる未確認生物として全国的な話題となった。1970年代後半の超常現象ブームと相まって、観光客が急増した。学術的には大型のオオウナギや漂流物の見間違いと推定されているが、決定的な解明には至っていない。
鹿児島市郊外に廃墟として残るこの病院は、かつて「花倉病院」として地域の医療を支えた施設だった。1993年8月6日に発生した8・6水害では施設が浸水し、入院患者や職員を含む多くの犠牲者が出たとされる。被害の大きさから復旧が困難となり、その後廃院となったが、敷地内には水害の犠牲者を弔う墓地が今も残されており、その場所全体が霊的な意味を持ち続けている。廃墟を覆うように深い霧が発生することが多く、地元では「霊が呼ぶ霧」と呼ばれている。
鹿児島県鹿児島市桜島地区。鹿児島湾の中央に立つ桜島は、北岳(標高1,117メートル)と南岳(標高1,040メートル)からなる現役の活火山である。20世紀以降、日本国内で最大の噴火物量を記録したのが、1914年(大正3年)1月12日に始まった大正大噴火である。 噴火は南岳の山腹から始まった。当初の数日間でマグマと火山弾が大量に噴出し、東側斜面の赤水・横山などの集落が溶岩流に呑み込まれた。1月30日には溶岩流が瀬戸海峡に達し、それまで島であった桜島は大隅半島と陸続きになった。鹿児島県の災害記録によれば、犠牲者は58名、負傷者は112名、家屋全壊は約2,200戸に及んだ。 大噴火の溶岩流は1914年中に約30億トン噴出されたと推定されており、これは富士山宝永噴火(1707年)を上回る。海岸線に張り出した黒い岩塊が、現在「大正溶岩原」と呼ばれる景観である。冷却途中の溶岩がそのまま固まった様子で、ごつごつとした表面、空洞、海蝕崖が複雑に入り組む。 大正噴火の象徴のひとつが、桜島東岸の黒神埋没鳥居である。黒神神社の三本足の石製鳥居は、噴火前まで高さ約3メートルあったが、降下軽石と火山灰により基部の約2メートルが埋もれ、現在地表に出ているのは笠木の部分のみ。当時の地元住民が「鳥居を後世に残すため」あえて掘り起こさずそのまま保存することを決め、現在は鹿児島市の有形民俗文化財に指定されている。 桜島は現在も噴火活動を続けており、気象庁の常時観測対象である。火口から半径2キロメートル以内は立入禁止、観光は溶岩なぎさ公園、湯之平展望所、黒神埋没鳥居、有村溶岩展望所などの整備された見学エリアで行う。火山活動状況により入域制限が変動するため、訪問前に鹿児島地方気象台の桜島火山情報を確認することが推奨される。
鹿児島県川内市に残る旧陸軍造兵廠は、第二次世界大戦中に軍需産業として稼働していた施設が戦後に放置されて廃墟化したものであり、当時の激しい労働環境の中で命を落とした者たちの霊が今も製造ラインの跡を徘徊しているとされる心霊スポットである。戦時中の過酷な労働条件の下で事故や過労などによって命を落とした従業員の数は少なくないとされており、彼らの無念の念が廃墟に染み込んでいるという。
鹿児島県指宿市の潮崎地区に存在する潮崎隧道は、かつて指宿枕崎線の前身となった軽便鉄道が走っていたトンネルだ。路線が廃止されてからも長い年月にわたってトンネルの構造物だけが残り、その暗い内部は長年にわたり地域の心霊スポットとして知られるようになった。トンネルの壁面には染みや変色が多く、夜間にランプで照らすとそれらが人の顔のように見えるという体験が語り継がれている。また内部を歩くと、どこからともなく子供の泣き声が聞こえてきたという証言や、足元に子供の足跡のような泥汚れが残っていたという報告もある。
鹿児島県指宿市の温泉地帯には、バブル崩壊後に経営破綻して放置された旅館の廃墟群が点在している。かつては九州屈指のリゾート地として賑わったこの地に、今は窓ガラスが割れ荒れ果てたコンクリートの廃旅館が残る。地元では廃旅館のいくつかで、宿泊客だった人物が孤独死したり、従業員が心中するなどの過去があると言われており、その霊が今もホテル内を徘徊しているという噂が根強い。夜間に廃旅館前を通り過ぎると、電気が通っていないはずの窓の奥に人影が見えたという証言が複数ある。
薩摩半島の廃農村で農民の霊が残り、農繁期になると農作業の音と歌声が夜に聞こえてくる。
出水市内の東光山に整備された公園。頂上付近の展望台では深夜に白い人影が立っているのが目撃され、近づくと消えるという怪異が繰り返し報告されている。公園内の遊歩道を夜間に歩くと後をつけてくる足音がする、木の陰から覗く顔を見たという体験談も地元で語られている。鹿児島県北部の知る人ぞ知る心霊スポット。
鹿児島県南さつま市の最南端に近い野間岬には、役目を終えた旧灯台の廃墟が断崖の縁に立ち続けている。この灯台は明治期に建設され、太平洋戦争中には多くの軍艦が付近の海域で撃沈された歴史を持つ。戦後も数件の水難事故や犠牲者が出た場所として知られており、地元漁師の間では「灯台の下を通ると霊に引き込まれる」という言い伝えが生きている。夜間に廃灯台を訪れた者が、海の方向から兵士の叫び声のような音が聞こえると証言するケースが相次いでいる。
鹿児島県南九州市にある知覧特攻平和会館は、太平洋戦争末期の特攻作戦に従事した若き搭乗員たちの遺品や遺書を展示する施設だ。1036名の若者がここから出撃し、沖縄へ向かって飛び立ち、二度と帰ることはなかった。平均年齢22歳という若さで命を散らした彼らの遺書には、家族への深い愛情と国への忠義が綴られており、読む者の心を強く打つ。この施設の周辺では、特攻隊員たちの霊的な存在を感じたという体験談が数多く残されている。
南九州市知覧にある旧陸軍知覧飛行場跡地。第二次世界大戦中に特攻隊の出撃基地として使用され、多くの若い命が散った場所。滑走路跡付近では白装束の若者の霊が現れる、深夜に飛行機のエンジン音が聞こえるなどの体験談が地元で語り継がれている。特攻平和会館周辺でも霊的活動が報告されており、慰霊の場として多くの参拝者が訪れる。
与論島の廃農村で農民の霊が残り、サンゴ礁の島の夜に農作業の音と歌声が聞こえてくる。
徳之島の廃農村で農民の霊が残り、百歳長寿の島の夜に農作業の音が聞こえると伝わる。
沖永良部島の廃農村で農民の霊が残り、亜熱帯の夜に農作業の音と歌声が聞こえてくる。
喜界島の廃農村で農民の霊が残り、サトウキビ畑の夜に農作業の音と歌声が聞こえてくる。
奄美大島の廃農村で農民の霊が残り、亜熱帯の夜に農作業の音と歌声が聞こえと伝わる。
徳之島の廃農村で農民の霊が残り、亜熱帯の夜に農作業の音と島唄が聞こえると伝わる。
徳之島の廃農村で農民の霊が残り、闘牛の島の夜に農作業の音と歌声が聞こえると伝わる。
加計呂麻島の廃農村で農民の霊が残り、亜熱帯の夜に農作業の音と歌声が聞こえると伝わる。
沖永良部島の廃農村で農民の霊が残り、ユリの香りとともに農作業の音が夜に聞こえる。
奄美大島の廃農村で農民の霊が残り、亜熱帯の夜に農作業の音と島唄が聞こえると伝わる。