すずらん池
すずらん池は山梨県北杜市小淵沢町井詰原にある、標高940メートル、周囲約500メートル、水深10メートルの池である。元は農業用のため池として造られたが、平成14年(2002年)に周辺が整備され、桜や紅葉を楽しめる公園として一般に開放されるようになった。現在は北杜市観光協会小淵沢支部が管理する観光地であり、釣りは禁止されている。 一方でこの池は、怪談師の稲川淳二が「恐怖の現場2」の中で「地獄に誘う
湖沼や淵は龍神を宿す聖域とされ、同時に水底へ人を引き込む境界でもあった。入水・水難・ダムに沈んだ集落の記憶が水面下に堆積し、河童や船幽霊として語り継がれてきた。鏡のように凪いだ水面ほど、深い沈黙の中で何かを映している。
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すずらん池は山梨県北杜市小淵沢町井詰原にある、標高940メートル、周囲約500メートル、水深10メートルの池である。元は農業用のため池として造られたが、平成14年(2002年)に周辺が整備され、桜や紅葉を楽しめる公園として一般に開放されるようになった。現在は北杜市観光協会小淵沢支部が管理する観光地であり、釣りは禁止されている。 一方でこの池は、怪談師の稲川淳二が「恐怖の現場2」の中で「地獄に誘う
山梨県甲州市、国道411号旧道沿いで柳沢川に架かる淵は「花魁淵」と呼ばれ、通称は銚子滝である。伝承によれば、戦国時代末期に武田氏が滅亡した際、武田家が秘匿していた黒川金山の情報漏洩を防ぐため、金山奉行の指示で鉱山に仕えていた遊女55人が酒宴に招かれ、藤蔓で吊り上げた宴台の上で舞を披露させられた末に蔓を切られ、宴台とともに淵へ沈められて命を落としたとされる。この出来事が地名の由来と伝えられ、後年には
一乗滝は福井市浄教寺町、一乗谷川の上流にある落差十七メートルほどの滝である。伝承では七一七年に僧泰澄がこの地に浄教寺を開き白山大権現を祀ったとされる。江戸時代に編まれた剣豪の伝記書『二天記』には、剣豪佐々木小次郎がこの滝の周辺で修行を重ね、秘剣「燕返し」を編み出したとの記述が残る。近隣の一乗谷は戦国大名朝倉氏の城下町であったが、一五七三年に織田信長の軍勢によって焼き払われ、多数の武士が討たれて一族
福井県敦賀市の敦賀湾に面する気比の松原は、虹の松原・三保の松原と並ぶ日本三大松原の一つで、1934年に国の名勝に指定された景勝地である。奈良時代から平安時代には渤海使を迎える松原客館が置かれ、氣比神宮の神苑として管理されてきた由緒ある松林で、聖武天皇の時代に一夜で松が生い茂り異国の船団を退けたという「一夜の松原」伝説も伝わる(異国船を追い返した主体には神功皇后や蒙古襲来時とする異伝もある)。夏は海
福島県中央部に位置する猪苗代湖は、面積103平方キロメートルを誇る日本第4位の規模の淡水湖である。会津若松市、郡山市、耶麻郡猪苗代町にまたがり、水面の澄んだ透明度から「天鏡湖」の別称でも呼ばれる。断層活動によって現在の姿になったのは数万年前とされ、湖底には約2万年前とみられる大規模な地滑りの痕跡も確認されている。弘法大師が水を求めた際、応じた貧しい老女の家だけが水没を免れて島として残ったという伝承
白山島は、山形県鶴岡市由良の海岸から沖合約100メートルの日本海上に浮かぶ無人島で、約3000万年前の海底噴火によって形成されたとされる。「東北の江ノ島」とも呼ばれ、全長170メートルほどの人道橋で本土と結ばれており、頂上には白山神社が祀られている。島内には、旧海軍水路部・気象部に所属し戦時中の海難などで殉職した約2000名を追悼する慰霊碑が建てられている。観光地として親しまれる一方、断崖絶壁から
盛岡市高松にある高松の池は、江戸時代前期の寛文年間(1661~1672年)に築かれた上田堤を前身とする池で、南部藩主の鷹狩りの場として利用されてきた歴史を持つ。明治後期には日露戦争の戦勝記念として桜が植えられ、現在は桜の名所として知られる公園となっている。一方でこの池は複数の心霊スポット紹介サイトで、心霊の言い伝えがある場所として繰り返し取り上げられている。池の西側にある山では、首をつって命を絶っ
四十四田ダムは岩手県盛岡市の北上川本流に位置し、北上川五大ダムのひとつとして1968年に完成した多目的ダムである。洪水調節と水力発電を目的に建設され、ダム湖は岩手山を望めることから「南部片富士湖」と名付けられ、市民の憩いの場として利用されている。一方で、このダムでは複数の死亡事故が確認されている。2016年11月には深夜、女子高生2人が高さ約20メートルの通路から転落し、1人が死亡、1人が重傷を負
熊本県荒尾市の赤田公園内にある赤田池は、江戸時代初期に加藤清正の家臣によって農業用のため池として築かれたとされる。池の中央には中の島があり、赤く塗られた吊り橋「赤田橋」で対岸と結ばれている。中の島の両端には古墳が残るほか、池の南側にも古墳が水面下に沈んでいるとの言及がある。かつては貸しボートや売店を備えた行楽地として賑わったが、近年は訪れる人が少なくなった。周辺には閉業した宿泊施設や観光梨園の廃墟
広島市佐伯区、八幡川上流に位置する魚切ダムは、1945年の枕崎台風や1951年のルース台風による洪水被害を受け、広島県が1969年から建設に向けた調査・検討を進め、169億円を投じて1981年に完成した重力式コンクリートダムである。治水・上水道・発電を目的とし、ダム湖は窓竜湖と呼ばれる。周辺の山は戦時中に遺体処理場として使われたとの説があり、これに関連して皮膚が爛れた霊や顔の崩れた霊、白い服を着た
多鯰ヶ池は鳥取砂丘の南に隣接し、周囲約3.4キロ、最深部15メートルを超える中国地方屈指の深さを持つ池である。池の北岸には弁天宮が祀られ、白蛇に姿を変えた娘「お種」の伝説が伝わる。長者に雇われたお種という娘が、ある時から使用人にどこからか手に入れた甘い柿を振る舞うようになったが、不思議に思った使用人が後をつけたところ、池の畔で着物を脱いで白蛇に変身する姿を目撃されてしまい、それ以降屋敷に姿を見せな
鳥取県西伯郡大山町大山赤松にある赤松の池は、大山の湧水を集めた池で、干ばつの年でも水が涸れないとされ、古くから水神・龍神を祀る場として知られる。池畔に建つ赤松池神社に伝わるのは、松江藩に仕えた家老が子を望んで祈願し授かった娘「お初」の物語である。お初は藩主に嫁ぐことになった際、その前に池を訪れて髪をすいたところ髪が見る間に伸び、池の中心へ引き込まれるように沈んだという。驚いた家来が呼びかけると、腰