山中トンネル(旧北陸線山中トンネル)
山中トンネルは、福井県敦賀市と南越前町の境にある旧北陸本線のトンネルである。1896年(明治29年)に敦賀と今庄を結ぶ山中峠越えの区間として開通し、全長は約1170メートル。急勾配をスイッチバックで越える山岳路線の一部として使われたが、1962年の北陸トンネル開通により本線としての役割を終えた。現在は県道として車両の通行が可能な生活道路となっており、周辺の旧トンネル群や関連施設とともに2016年に
山腹を貫くトンネルは、自然の境界を強引にこじ開けた人工の異界である。明治以降の鉄道・道路開削に伴う落盤事故、過酷な労役に倒れた工夫、人柱の伝承が地中に積層し、闇の奥に沈殿する。出口の光が遠ざかる錯覚は、訪れる者を時間ごと飲み込んでいく。
全国 99 件
山中トンネルは、福井県敦賀市と南越前町の境にある旧北陸本線のトンネルである。1896年(明治29年)に敦賀と今庄を結ぶ山中峠越えの区間として開通し、全長は約1170メートル。急勾配をスイッチバックで越える山岳路線の一部として使われたが、1962年の北陸トンネル開通により本線としての役割を終えた。現在は県道として車両の通行が可能な生活道路となっており、周辺の旧トンネル群や関連施設とともに2016年に
鷹の巣トンネルは石川県金沢市上辰巳町、犀川ダムへ向かう道路沿いに位置する平成7年(1995年)完成、全長291メートルの隧道である。付近には戦国期に鷹巣城という山城が存在したとされ、佐久間盛政や前田利家が城主として名を連ねたと伝わる。築城は16世紀後半、廃城は16世紀末とされ、天正13年(1585年)頃にはこの一帯で合戦があったという伝承も残っている。トンネルが開通する以前の旧道でも、幽霊を見たと
鷹ノ巣トンネルは新潟県十日町市宮中、信濃川に架かる宮中取水ダムの上に位置する隧道である。宮中取水ダムは昭和14年(1939年)、上越線や首都圏の鉄道電力供給を目的にJR東日本(旧鉄道省)の水力発電施設として建設され、現在も稼働する企業所有の設備となっている。トンネルのすぐ先には「あてら(阿寺)」と呼ばれた集落があったと伝わるが、現在は住民が離れ廃屋が残るのみとなっている。トンネル内部には祠が祀られ
長岡市山古志と魚沼市を結んでいた中山隧道は、1933年に着工し戦争による中断を経て1949年に貫通した、住民の手作業のみによる掘削としては国内最長規模の道路トンネルである。長さは900メートル近くに及び、当時は幅1.4メートル、高さ1.5メートルほどの狭いつくりで、灯りを頼りに16年をかけて掘り進められたと伝えられている。1998年に新トンネルが開通した後は往来の役目を終え、現在は史跡として一部区
下仁田トンネル(正式名称:小坂坂トンネル)は群馬県甘楽郡下仁田町下仁田に位置する、全長約100メートルの旧トンネル。素掘りの岩肌をコンクリートで補強した構造で、内部に照明設備がなく、日中でも出口の光がほとんど届かないほどの暗闇が続く。手掘りゆえに壁面は凹凸が多く、足音や声が反響しやすい環境になっている。このトンネル周辺では、暴行事件や、車から顔を出した若い女性がトンネル上部の岩に頭を打って死亡した
栃木県矢板市倉掛にある矢板トンネル(正式名称・弥五郎坂トンネル)は、もともと山林からの木材輸送や鉱山からの鉱石輸送を目的として1929年に下野電気鉄道(後の東武矢板線)の鉄道トンネルとして開通した。急な坂道に位置していたため、蒸気機関車が坂を登れず乗客が降りて後押ししたという話も伝わる。1959年の東武矢板線廃止後は周辺住民の生活道路として使われ続けたが、崩落の危険が指摘され1998年に封鎖された
仙人沢トンネルは福島県双葉郡浪江町室原・川房地区にまたがる国道114号(福浪線)上のトンネルで、全長は1024.44メートルにおよぶ。大柿ダムの建設によって水没する旧道の付け替えとして、農林水産省東北農政局の請戸川農業水利事業の一環で1977年度頃に着工し、1981年3月に竣工した。町内でも有数の長さを持つトンネルで、内部にはラジオ再放送設備が設置されているとされる。2011年の東日本大震災と東京
旧関山隧道は、宮城県仙台市と山形県東根市の境にある関山峠に、1880年(明治13)から2年をかけて掘られた、標高600メートル・全長287メートルのトンネルである。それまでの峠道は冬季の積雪や急坂で通行が困難であったため、馬車が通れる新道整備の一環として計画された。開削工事中の1880年7月、火薬を運んでいた人夫が旧仙台藩の番所跡付近で休憩していた際、タバコの火が運搬中の火薬箱に引火して爆発し、住
山元隧道は、山形県上山市を通る県道104号狸森上山線に位置する隧道で、通称「山元トンネル」と呼ばれている。1932年(昭和7年)の道路改修事業の中で幅5メートル・全長約40メートルの隧道として整備され、現在の坑門部分は昭和20年代の改修時に加えられたと推測されている。周辺には滝不動明王が祀られており、あわせて心霊スポットとして紹介されることが多い。 トンネルにまつわる噂としては、赤子を抱いた母親
旧和田トンネルは、かつて秋田市と旧河辺町(現・秋田市河辺)の境にある低い峰を貫いていた国道13号のトンネルである。昭和36年(1961年)ごろに竣工し、翌37年10月に開通したとされ、全長は約100メートルと短く、幅は狭く歩道は設けられていなかった。照明設備もなく、昼間でも内部は薄暗い構造だったという。国道13号の拡幅・バイパス化に伴い平成12年(2000年)前後に廃止され、その後の大規模な切土工
仙岩トンネルは秋田県仙北市田沢湖生保内と岩手県雫石町を結ぶ国道46号の道路トンネルで、1976年11月に開通した全長2544メートルの区間である。旧仙岩峠に代わる冬季通行の安定化を目的に建設されたが、峠周辺は「生保内層」「国見層」と呼ばれる脆弱な地質帯にあり、工事は難工事として知られていた。開通後、この難工事の記憶と結び付けて、建設中に事故で命を落とした作業員の霊が今も残っているという噂が語られる
保呂瀬トンネルは秋田県南秋田郡五城目町の馬場目地区、県道15号線上に位置する。1995年に竣工した全長413メートルのトンネルで、県道15号にかかる唯一の隧道である。開通以前、この一帯は「荷背ノ峠」と呼ばれる急峻な坂道で、荷車や馬では通行できず、人が背に荷を負って越えねばならない難所だった。トンネルの開通によって峠越えの負担は解消され、現在の道路網に置き換わった経緯を持つ。 このトンネルには、フ