長崎県の心霊スポット

31 スポット11 カテゴリ1 体験談

出島と教会と原爆を抱える長崎は、四百年にわたり異国と死が交錯し続けた坂と港の街である。海底炭鉱で栄えやがて廃墟と化した軍艦島、隠れキリシタンの血を吸った平戸城跡と大村湾、原爆の閃光に焼かれた浦上天主堂の地——殉教者、坑夫、被爆者、それぞれの無念が石畳の路地に折り重なり、長崎の夜は今もなお鎮魂の祈りに深く満ちている。

人気スポット TOP10

長崎県江迎町心霊の宿
1

長崎県江迎町心霊の宿

長崎県西海市にかつて存在した廃墟宿泊施設は、昭和初期に建てられた老朽化した建物であり、1970年代後半の閉鎖後から現在に至るまで地域の代表的な心霊スポットとして知られてきた。探検者たちの間では「施設内で奇妙な経験をした」という証言が多数広まっており、廃墟の宿が持つ独特の雰囲気と霊的なエネルギーが多くの人を恐怖に陥れてきた。廃墟内に踏み込んだ者の証言によれば、施設の客室に入ると突然全身に悪寒が走り、ベッドの上に誰かが横たわっているような気配を強く感じたという。

西海市
雲仙地獄
2

雲仙地獄

活発な噴気活動が続く地獄谷。江戸時代にキリシタンが処刑された歴史があり、殉教者の霊が出るという噂が古くから残る。

雲仙市
出島
3

出島

長崎県長崎市出島町。長崎港の市街地寄りに、扇形の人工島の輪郭が残っている。出島である。江戸幕府が1634年(寛永11年)にポルトガル人を居住・管理する目的で築造を始め、1636年に完成、1641年に平戸からオランダ商館を移転して以降、1859年の鎖国終焉までの約218年間、日本における西洋諸国との唯一の通商窓口として機能した。 面積は約15,000平方メートル、東京ドーム面積の三分の一ほどの小さな人工島である。江戸期の鎖国体制下では、オランダ商館長カピタンとその下の商館員、医師、料理人、通詞(通訳)たち、合わせて常時20名前後が暮らしていた。出島の外への外出は厳しく制限されたが、商館長は年に一度の江戸参府で江戸城に登城して将軍に拝謁したほか、長崎奉行や検視役、町年寄との接触もあり、完全な隔離ではなかった。 出島を通じて日本に流入した知識は膨大である。蘭学と総称される医学、天文学、植物学、化学、軍事技術、そして西洋絵画や音楽。シーボルトが鳴滝塾を開き高野長英や緒方洪庵らに影響を与えたのも、ケンペルやツュンベリーが日本の動植物を世界に紹介したのも、出島という拠点があったからである。 埋立てによって周辺と陸続きとなり、長らく市街地に埋もれていたが、長崎市は1996年から段階的に往時の建物の復元事業を進めた。2017年に表門橋が架けられて、ようやく江戸期の景観に近い姿が戻った。現在は出島和蘭商館跡として国の史跡に指定され、復元された商館長宅、カピタン部屋、料理部屋、ヘトル部屋など19棟の建物の中を歩いて見学できる。営業時間と入場料は長崎市の公式観光サイトに掲載されている。

長崎市
4

平戸城跡

平戸城跡では、夜間に天守付近で白い人影が彷徨う姿が目撃されているという噂が地元で語られている。特に本丸跡の亀岡神社周辺では、誰もいないはずの石畳に足音が響いたり、突然冷たい風が吹き抜けたりする体験談が複数寄せられているとされる。また、慶長18年(1613年)に藩主・松浦鎮信が完成直後の城を自ら焼き払ったという歴史的事実から、「無念のまま城とともに消えた者たちの霊が今も城内を漂っている」という言い伝えが残っているとも言われている。夜間に城址を訪れた者が、遠くから女性の泣き声のようなものを聞いたという体験談も語り継がれているようだ。 平戸城は長崎県平戸市岩の上町、平戸港を見下ろす亀岡山の山頂に位置する。慶長4年(1599年)に松浦鎮信が築城を開始したが、完成後まもなく焼き払われ、約1世紀の時を経て宝永4年(1707年)に5代藩主・松浦棟によって再建された。再建には赤穂浪士・大石内蔵助の師としても知られる山鹿素行の軍学思想が設計に取り入れられており、近世城郭の中でも独特の構造を持つとされる。明治の廃城令で多くの建物が失われたのち、1962年(昭和37年)に天守と各櫓が復元された。本丸跡には松浦氏歴代藩主を祀る亀岡神社が鎮座し、平戸城資料館では平戸藩の歴史や対外交易、キリシタン関連資料などを見ることができる。

平戸市·8 views
5

魂を抱く孤島

長崎県長崎市沖合に浮かぶとされる小さな無人島、通称「魂を抱く島」では、しばしば幽霊の姿が見られると伝えられている。島の中央に立つ300年以上の老松から時折亡者の呻き声が聞こえるのだといわれ、人々は島に近づくことすら恐れ、縁起の悪い場所として遠巻きにしてきた。漁師が船で島の近くを通過した際に、老松の根元に複数の白い影が集まってこちらを見ているのを目撃したと証言しており、その影たちは船が通過すると同時に木の幹の陰へと消えていったという体験談が残されている。

長崎市·5 views
6

軍艦島(端島)

かつての炭鉱の島で、現在は廃墟の島として有名。島内では炭鉱夫や住民の霊が出るという報告が多く、夜間に島全体が光るという目撃談もある。世界遺産にも登録された場所。

長崎市
7

長崎平和公園・爆心地

原爆落下中心地。多くの犠牲者が亡くなった場所で、霊感の強い人が訪れると重い空気を感じると言われる。夜間に白い霊が目撃されることもある。

長崎市
8

絶海の孤島・白島

長崎県西方沖に浮かぶ無人島の白島は、かつて漁師たちの間で心霊現象が目撃されていた場所として知られており、夜には島の中央にある廃屋から呻き声が聞こえ人影が見えるという不気味な噂が語り継がれている。現在は立ち入りが規制されており、島に近づいた者が怪奇体験をすることが多いとされる。島の近くを航行した漁師が、島の廃屋の窓から複数の人影が海を見張るように立っているのを目撃したと証言しており、その影は船が近づくにつれて増え、船が去ると一斉に消えていったという体験談が残されている。

長崎市
9

上五島跨線橋

長崎県五島市にある上五島跨線橋は、過去に複数の自死事件が起きたことで知られる心霊スポットであり、橋の上や周辺では人影の目撃や不気味な声が聞こえるという体験談が地域に語り継がれている。橋を渡る際に原因不明の恐怖感に包まれたという体験者が後を絶たない。深夜に橋の上を一人で渡っていた体験者が、橋の欄干の外側を並んで歩いている複数の人影を目撃したと証言しており、その影は渡り終わるまでずっとついてきたが、橋を渡り切った瞬間に消えていたという体験談が残されている。

五島市
10

対馬ホテル

長崎県対馬市にあるこのホテルは、戦前から営業していた由緒ある施設で、歴史の中で様々な著名人や旅人を迎え入れてきた場所だったが、観光客の減少と経営難によって1980年代に閉鎖された後、廃墟化していった。戦前から多くの人々を迎え入れてきたこのホテルには、時代の移り変わりと共に多くの記憶と霊的なエネルギーが積み重なってきたとされており、廃墟化後から不可解な現象が報告されるようになった。

対馬市

すべてのスポット

上五島跨線橋
橋・高架·長崎県 五島市

上五島跨線橋

長崎県五島市にある上五島跨線橋は、過去に複数の自死事件が起きたことで知られる心霊スポットであり、橋の上や周辺では人影の目撃や不気味な声が聞こえるという体験談が地域に語り継がれている。橋を渡る際に原因不明の恐怖感に包まれたという体験者が後を絶たない。深夜に橋の上を一人で渡っていた体験者が、橋の欄干の外側を並んで歩いている複数の人影を目撃したと証言しており、その影は渡り終わるまでずっとついてきたが、橋を渡り切った瞬間に消えていたという体験談が残されている。

旧佐世保海軍工廠跡地
水辺·長崎県 佐世保市

旧佐世保海軍工廠跡地

長崎県佐世保市にある旧海軍工廠の跡地は、戦時中に多くの軍人や工員が働き、空襲や事故によって数多くの命が失われた場所であり、その悲惨な歴史が今も土地に刻まれた心霊スポットとして地元では語り継がれている。終戦後から跡地の整備が進むにつれて工廠関連の遺構が次々と撤去されたが、地下に埋もれた戦争の記憶は消えることなく、夜間に跡地付近を歩く者が兵士の霊や戦時中の工員の姿を目撃したという証言が繰り返し寄せられている。

佐世保市廃米軍施設
廃墟・残骸·長崎県 佐世保市

佐世保市廃米軍施設

佐世保市内に残る旧米軍基地の廃施設。戦後に米軍が使用し、日米両国の兵士が命を落とした歴史を持つとされる。廃施設内では英語と日本語が混じった声が聞こえる、軍服姿の兵士の霊が廃建物の中を行き来するといった怪異体験が報告されている。基地の街佐世保に残る複雑な歴史と心霊現象が交差する場所。

旧佐世保廃海軍工廠跡
水辺·長崎県 佐世保市

旧佐世保廃海軍工廠跡

夜間に港湾地区を通りかかった人々の間で、作業服姿の人影が廃墟の壁沿いをふらふらと歩いている姿が目撃されるという噂が絶えない場所として知られている。「助けてくれ」「熱い」といった声が聞こえてきたという体験談もSNS上に複数投稿されており、かつてこの地で命を落とした職工や軍属の霊が今も彷徨い続けているのではないかと語られている。また、廃墟内部に残る地下通路付近では、懐中電灯が突然消える、カメラに白い靄が映り込むといった怪異現象が報告されているとされる。 旧佐世保廃海軍工廠跡は、長崎県佐世保市の港湾地区に残る旧日本海軍工廠の廃墟跡である。明治末期から太平洋戦争終結まで稼働し続けたこの巨大な艦艇修理施設では、多くの職工と軍属が過酷な労働に従事していた。戦争末期の空爆によって施設は壊滅的なダメージを受け、多数の市民と作業員が命を落としたとされる。廃工廠の地下には今も当時の防空壕網が残っており、避難中に命を落とした人々の遺骨がいまだに収容されていない場所があるとも言い伝えられている。幾重にも重なった悲劇の歴史が、この地に今なお濃い影を落としているのかもしれない。

亀ヶ池
山道・峠·長崎県 佐世保市

亀ヶ池

長崎県佐世保市にある亀ヶ池は、周囲を鬱蒼とした木々に囲まれた深い沼地で、古くから不吉な場所として地元の人々に恐れられてきた。明治時代の記録にも、池の底から金属を打ち合わせるような音が響いてきたり、水面から半身を出した人の姿が目撃されたという証言が残されている。近代になってからも池の周辺では不可解な死亡事故が絶えず、その数の多さから地元では「呪われた池」として知られるようになった。

北松浦郡佐々町の廃農村
集落・廃村·長崎県 北松浦郡佐々町

北松浦郡佐々町の廃農村

廃農村の旧農家で農民の霊が残り、農繁期になると農作業の音と歌声が夜に聞こえてくる。

壱岐の怪奇廃家
宿泊・居住跡·長崎県 壱岐市

壱岐の怪奇廃家

長崎県壱岐市の離島である壱岐島に存在する古い廃家は、数十年前から島民の間で「幽霊が出る家」として恐れられてきた場所であり、その独特の霊的な雰囲気から九州北部でも有数の心霊スポットとして知られるようになった。壱岐島は古来から霊的な信仰と密接に結びついた歴史を持つ場所であり、島全体が強いスピリチュアルなエネルギーを持つとされているが、この廃家はその中でも特に強烈な霊的活動が報告されている場所として知られている。

旧対馬廃監視所跡
水辺·長崎県 対馬市

旧対馬廃監視所跡

長崎県対馬市の山頂に残る旧廃監視所は、日露戦争から太平洋戦争にかけて対馬海峡の監視のために設けられた軍事施設の遺構だ。対馬は古来より日本本土と大陸の間の緩衝地帯として多くの戦場となってきた歴史を持ち、廃監視所が建つ山頂からは今も朝鮮半島が見える。この廃監視所では日露戦争時に哨兵として立ち続けた兵士の霊が今も任務を続けているという伝承が地元に残っており、夜間に廃施設の見張り台に人影が現れて消えるという目撃談が漁師たちの間で語り継がれている。

対馬ホテル
宿泊・居住跡·長崎県 対馬市

対馬ホテル

長崎県対馬市にあるこのホテルは、戦前から営業していた由緒ある施設で、歴史の中で様々な著名人や旅人を迎え入れてきた場所だったが、観光客の減少と経営難によって1980年代に閉鎖された後、廃墟化していった。戦前から多くの人々を迎え入れてきたこのホテルには、時代の移り変わりと共に多くの記憶と霊的なエネルギーが積み重なってきたとされており、廃墟化後から不可解な現象が報告されるようになった。

千畳敷心霊スポット
山道・峠·長崎県 対馬市

千畳敷心霊スポット

長崎県対馬市にある千畳敷は自然が作り出した広大な岩場の景勝地であるが、かつて悲しい歴史のある場所として地元に恐れられてきた心霊スポットでもある。白い霊が岩場を歩いている姿が目撃されており、その場所から不気味な声が聞こえると伝えられている。夜間に千畳敷の岩場を訪れた体験者が、月明かりの中に白い着物の女性が岩の上に立っているのを目撃したと証言しており、その女性は波が来るたびに向こうを向いて髪を揺らし、引き波の後に少しずつ消えていったという体験談が残されている。

島原城址周辺(原城跡)
公園・城址·長崎県 島原市

島原城址周辺(原城跡)

島原市の島原城と、近隣の原城跡(南島原市)。島原の乱で3万7千人以上の一揆軍が処刑・虐殺された原城跡では、夜間に無数の霊が彷徨うとされる。城址では深夜に一揆軍の農民・信者の叫び声が風に乗って聞こえる、十字架を掲げた人影が現れて消えるといった体験談が研究者や観光客から語られており、日本最大の農民反乱の地として強烈な霊気が残るとされる。

平戸城跡
公園・城址·長崎県 平戸市

平戸城跡

平戸城跡では、夜間に天守付近で白い人影が彷徨う姿が目撃されているという噂が地元で語られている。特に本丸跡の亀岡神社周辺では、誰もいないはずの石畳に足音が響いたり、突然冷たい風が吹き抜けたりする体験談が複数寄せられているとされる。また、慶長18年(1613年)に藩主・松浦鎮信が完成直後の城を自ら焼き払ったという歴史的事実から、「無念のまま城とともに消えた者たちの霊が今も城内を漂っている」という言い伝えが残っているとも言われている。夜間に城址を訪れた者が、遠くから女性の泣き声のようなものを聞いたという体験談も語り継がれているようだ。 平戸城は長崎県平戸市岩の上町、平戸港を見下ろす亀岡山の山頂に位置する。慶長4年(1599年)に松浦鎮信が築城を開始したが、完成後まもなく焼き払われ、約1世紀の時を経て宝永4年(1707年)に5代藩主・松浦棟によって再建された。再建には赤穂浪士・大石内蔵助の師としても知られる山鹿素行の軍学思想が設計に取り入れられており、近世城郭の中でも独特の構造を持つとされる。明治の廃城令で多くの建物が失われたのち、1962年(昭和37年)に天守と各櫓が復元された。本丸跡には松浦氏歴代藩主を祀る亀岡神社が鎮座し、平戸城資料館では平戸藩の歴史や対外交易、キリシタン関連資料などを見ることができる。

東彼杵郡東彼杵町の廃農村
集落・廃村·長崎県 東彼杵郡東彼杵町

東彼杵郡東彼杵町の廃農村

山間の廃農村で農民の霊が残り、霧が立ち込める夜に農作業の音と人の気配がすると伝わる。

長崎県江迎町心霊の宿
水辺·長崎県 西海市

長崎県江迎町心霊の宿

長崎県西海市にかつて存在した廃墟宿泊施設は、昭和初期に建てられた老朽化した建物であり、1970年代後半の閉鎖後から現在に至るまで地域の代表的な心霊スポットとして知られてきた。探検者たちの間では「施設内で奇妙な経験をした」という証言が多数広まっており、廃墟の宿が持つ独特の雰囲気と霊的なエネルギーが多くの人を恐怖に陥れてきた。廃墟内に踏み込んだ者の証言によれば、施設の客室に入ると突然全身に悪寒が走り、ベッドの上に誰かが横たわっているような気配を強く感じたという。

魂を抱く孤島
山道・峠·長崎県 長崎市

魂を抱く孤島

長崎県長崎市沖合に浮かぶとされる小さな無人島、通称「魂を抱く島」では、しばしば幽霊の姿が見られると伝えられている。島の中央に立つ300年以上の老松から時折亡者の呻き声が聞こえるのだといわれ、人々は島に近づくことすら恐れ、縁起の悪い場所として遠巻きにしてきた。漁師が船で島の近くを通過した際に、老松の根元に複数の白い影が集まってこちらを見ているのを目撃したと証言しており、その影たちは船が通過すると同時に木の幹の陰へと消えていったという体験談が残されている。