長崎県の心霊スポットランキング
長崎県江迎町心霊の宿
長崎県西海市にかつて存在した廃墟宿泊施設は、昭和初期に建てられた老朽化した建物であり、1970年代後半の閉鎖後から現在に至るまで地域の代表的な心霊スポットとして知られてきた。探検者たちの間では「施設内で奇妙な経験をした」という証言が多数広まっており、廃墟の宿が持つ独特の雰囲気と霊的なエネルギーが多くの人を恐怖に陥れてきた。廃墟内に踏み込んだ者の証言によれば、施設の客室に入ると突然全身に悪寒が走り、ベッドの上に誰かが横たわっているような気配を強く感じたという。
雲仙地獄
活発な噴気活動が続く地獄谷。江戸時代にキリシタンが処刑された歴史があり、殉教者の霊が出るという噂が古くから残る。
出島
長崎県長崎市出島町。長崎港の市街地寄りに、扇形の人工島の輪郭が残っている。出島である。江戸幕府が1634年(寛永11年)にポルトガル人を居住・管理する目的で築造を始め、1636年に完成、1641年に平戸からオランダ商館を移転して以降、1859年の鎖国終焉までの約218年間、日本における西洋諸国との唯一の通商窓口として機能した。 面積は約15,000平方メートル、東京ドーム面積の三分の一ほどの小さな人工島である。江戸期の鎖国体制下では、オランダ商館長カピタンとその下の商館員、医師、料理人、通詞(通訳)たち、合わせて常時20名前後が暮らしていた。出島の外への外出は厳しく制限されたが、商館長は年に一度の江戸参府で江戸城に登城して将軍に拝謁したほか、長崎奉行や検視役、町年寄との接触もあり、完全な隔離ではなかった。 出島を通じて日本に流入した知識は膨大である。蘭学と総称される医学、天文学、植物学、化学、軍事技術、そして西洋絵画や音楽。シーボルトが鳴滝塾を開き高野長英や緒方洪庵らに影響を与えたのも、ケンペルやツュンベリーが日本の動植物を世界に紹介したのも、出島という拠点があったからである。 埋立てによって周辺と陸続きとなり、長らく市街地に埋もれていたが、長崎市は1996年から段階的に往時の建物の復元事業を進めた。2017年に表門橋が架けられて、ようやく江戸期の景観に近い姿が戻った。現在は出島和蘭商館跡として国の史跡に指定され、復元された商館長宅、カピタン部屋、料理部屋、ヘトル部屋など19棟の建物の中を歩いて見学できる。営業時間と入場料は長崎市の公式観光サイトに掲載されている。
平戸城跡
平戸城跡では、夜間に天守付近で白い人影が彷徨う姿が目撃されているという噂が地元で語られている。特に本丸跡の亀岡神社周辺では、誰もいないはずの石畳に足音が響いたり、突然冷たい風が吹き抜けたりする体験談が複数寄せられているとされる。また、慶長18年(1613年)に藩主・松浦鎮信が完成直後の城を自ら焼き払ったという歴史的事実から、「無念のまま城とともに消えた者たちの霊が今も城内を漂っている」という言い伝えが残っているとも言われている。夜間に城址を訪れた者が、遠くから女性の泣き声のようなものを聞いたという体験談も語り継がれているようだ。 平戸城は長崎県平戸市岩の上町、平戸港を見下ろす亀岡山の山頂に位置する。慶長4年(1599年)に松浦鎮信が築城を開始したが、完成後まもなく焼き払われ、約1世紀の時を経て宝永4年(1707年)に5代藩主・松浦棟によって再建された。再建には赤穂浪士・大石内蔵助の師としても知られる山鹿素行の軍学思想が設計に取り入れられており、近世城郭の中でも独特の構造を持つとされる。明治の廃城令で多くの建物が失われたのち、1962年(昭和37年)に天守と各櫓が復元された。本丸跡には松浦氏歴代藩主を祀る亀岡神社が鎮座し、平戸城資料館では平戸藩の歴史や対外交易、キリシタン関連資料などを見ることができる。
魂を抱く孤島
長崎県長崎市沖合に浮かぶとされる小さな無人島、通称「魂を抱く島」では、しばしば幽霊の姿が見られると伝えられている。島の中央に立つ300年以上の老松から時折亡者の呻き声が聞こえるのだといわれ、人々は島に近づくことすら恐れ、縁起の悪い場所として遠巻きにしてきた。漁師が船で島の近くを通過した際に、老松の根元に複数の白い影が集まってこちらを見ているのを目撃したと証言しており、その影たちは船が通過すると同時に木の幹の陰へと消えていったという体験談が残されている。
軍艦島(端島)
かつての炭鉱の島で、現在は廃墟の島として有名。島内では炭鉱夫や住民の霊が出るという報告が多く、夜間に島全体が光るという目撃談もある。世界遺産にも登録された場所。
長崎平和公園・爆心地
原爆落下中心地。多くの犠牲者が亡くなった場所で、霊感の強い人が訪れると重い空気を感じると言われる。夜間に白い霊が目撃されることもある。
絶海の孤島・白島
長崎県西方沖に浮かぶ無人島の白島は、かつて漁師たちの間で心霊現象が目撃されていた場所として知られており、夜には島の中央にある廃屋から呻き声が聞こえ人影が見えるという不気味な噂が語り継がれている。現在は立ち入りが規制されており、島に近づいた者が怪奇体験をすることが多いとされる。島の近くを航行した漁師が、島の廃屋の窓から複数の人影が海を見張るように立っているのを目撃したと証言しており、その影は船が近づくにつれて増え、船が去ると一斉に消えていったという体験談が残されている。
上五島跨線橋
長崎県五島市にある上五島跨線橋は、過去に複数の自死事件が起きたことで知られる心霊スポットであり、橋の上や周辺では人影の目撃や不気味な声が聞こえるという体験談が地域に語り継がれている。橋を渡る際に原因不明の恐怖感に包まれたという体験者が後を絶たない。深夜に橋の上を一人で渡っていた体験者が、橋の欄干の外側を並んで歩いている複数の人影を目撃したと証言しており、その影は渡り終わるまでずっとついてきたが、橋を渡り切った瞬間に消えていたという体験談が残されている。
対馬ホテル
長崎県対馬市にあるこのホテルは、戦前から営業していた由緒ある施設で、歴史の中で様々な著名人や旅人を迎え入れてきた場所だったが、観光客の減少と経営難によって1980年代に閉鎖された後、廃墟化していった。戦前から多くの人々を迎え入れてきたこのホテルには、時代の移り変わりと共に多くの記憶と霊的なエネルギーが積み重なってきたとされており、廃墟化後から不可解な現象が報告されるようになった。