埼玉県の心霊スポット

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武蔵国の中核を成した埼玉県は、鎌倉街道の要衝として中世の戦乱を幾度も刻んだ地である。一三五二年の南北朝合戦で新田軍の武士が散り、後年大量の人骨が出土した笛吹峠、奥秩父の闇に佇む旧正丸峠トンネル、無数の達磨像が境内を埋め尽くす飯能の達磨神社——鎌倉武士の血と山深い秩父の信仰が交わるこの地で、土地の記憶は今も静かに息づいている。

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笛吹峠
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笛吹峠

埼玉県比企郡嵐山町と鳩山町の境、標高80メートル前後の小さな峠が笛吹峠(ふえふきとうげ)である。武蔵野台地の北縁、比企丘陵の南端にあたる地形で、現在は嵐山町笛吹峠史跡公園として整備されている。 この峠が日本史に登場するのは、南北朝動乱期の正平7年(1352年)閏2月の武蔵野合戦である。新田義興・義宗の兄弟と宗良親王率いる南朝方と、足利尊氏率いる北朝方の関東軍との大規模な合戦で、関東における南朝勢力の最後の組織的抵抗となった。『太平記』巻三十一に詳述される合戦の経過によれば、両軍合わせて10万を超える兵力が比企丘陵周辺で衝突し、新田勢は壊滅的な打撃を受けた。 敗走した宗良親王が、峠の頂で月夜に笛を吹いて落命した将兵を弔ったという伝承が、峠名の由来として伝えられている。宗良親王は後醍醐天皇の皇子で、和歌に優れた歌人でもあり、自選歌集『李花集』を残している。武蔵野合戦の前後に詠まれた歌が同集に収録されており、敗戦の悲しみと武家の世への嘆きが折り込まれた歌が文学史的にも重要な作品として評価されている。 峠の麓には、合戦の犠牲者を弔う供養塔と「太平記の里」を冠した史跡公園が整備された。1990年代以降、嵐山町と隣接自治体が共同で武蔵野合戦の歴史を学べる案内板を設置し、史跡ハイキングのコースとして整備が進められている。 埼玉県と関係市町村の郷土史資料には、笛吹峠周辺で発掘された中世の遺物(鎧の断片、太刀、矢じり)の記録があり、合戦の場としての考証が裏付けられている。これらは嵐山町博物館や埼玉県立歴史と民俗の博物館に収蔵展示されている。 アクセスは東武東上線武蔵嵐山駅から徒歩約30分、または車で関越自動車道嵐山小川ICから10分程度。史跡公園の駐車場が整備され、自由見学可能。武蔵野合戦と中世関東の歴史を学べる貴重な歴史散策スポットとなっている。

嵐山町
毛呂山廃病院
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毛呂山廃病院

埼玉県毛呂山町にあるこの廃病院は、1980年代に閉鎖されて以来、地域で最も恐ろしい心霊スポットの一つとして語り継がれてきた場所だ。病院が閉鎖された経緯については諸説あり、その不透明さがかえって様々な噂を生む温床となってきた。廃墟となった建物には患者の遺品や記録が残されたままの状態で放置されており、それらの遺品を見た探索者が「言葉では表現できない悲しみと恐怖を同時に感じた」と証言している。

毛呂山町
埼玉県さいたま市大宮区大門公園
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埼玉県さいたま市大宮区大門公園

埼玉県さいたま市大宮区にある大門公園は、昼間は市民が憩うのどかな公園でありながら、夜間になると不審な人物が出没したり、心霊現象が起きたりすることで地元では危険な場所として知られている。公園内の特定の区画では夜間に変な笑い声や奇妙な叫び声が聞こえることがあるとされており、その声の発生源を探しても誰もいないという状況が繰り返されている。地元住民の間では夜間に一人で公園を歩くことを避けるよう言い伝えられており、夜の公園には近づかないよう子供たちに厳しく言い聞かせる家庭も多いという。

さいたま市大宮区
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荒川心霊橋

埼玉県さいたま市を流れる荒川に架かるこの橋は、地域の心霊ファンの間で「荒川心霊橋」として広く知られる恐怖の名所である。深夜にこの橋の上に立つと、川面から霧のような白い靄が漂い上がり、その中に人の顔のような形が浮かび上がることがあると多くの目撃者が証言している。かつてこの橋の付近では複数の水難事故や犠牲者が出ており、成仏できずにいる霊が訪れた者に語りかけてくるとも言われている。深夜に橋を渡った後、自宅に帰ってから突然体が動かなくなったり、金縛りに遭ったりする体験談が後を絶たない。

さいたま市·14 views
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上里心霊橋

群馬県と埼玉県の境に存在する「上里心霊橋」は、夜間に白い人影が出現したり橋の上から落下する音が聞こえるなどの心霊現象が報告されている場所であり、事故多発地点としても知られており遭難者の霊が橋の上を彷徨っているという都市伝説が語り継がれている。深夜に橋の上を歩いた体験者が、橋の手すりの外側に白い人物がしがみついているのを目撃したと証言しており、声をかけた瞬間に人物が手を離して落下する音がしたが、下を見ると誰もいなかったという体験談が残されている。

上里町·13 views
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行田の忍城跡

水攻めの犠牲者が眠る城跡として、行田の忍城跡には古くから不穏な噂が絶えないとされる。1590年の水攻めで堤が決壊した際、豊臣方だけで200名を超える溺死者を出したと記録に残るが、その霊が今も城跡周辺を彷徨っているという言い伝えが地元に語り継がれているという。夜間に本丸跡の堀沿いを歩くと、水面から呻き声のようなものが聞こえるという体験談がインターネット上に複数投稿されており、水中に白い影が揺れるのを目撃したとする情報もあるとされる。また、復元された三階櫓の周辺では、戦国時代の装束を纏った人影が佇んでいるのを見たという噂も語られており、城を守り抜いた将兵や、無念の死を遂げた攻め手側の霊が交錯する場所ではないかと囁かれている。 忍城跡は埼玉県行田市本丸に位置し、室町中期に成田氏が築いた「水城」として知られる。周囲を堀と沼地に囲まれた難攻不落の地形を誇り、1590年の豊臣秀吉による小田原征伐の際には石田三成の水攻めにも屈せず、最終的に落城ではなく開城という形で戦いを終えた。この歴史は小説・映画『のぼうの城』で広く知られるようになった。明治の廃城令後、1988年に三階櫓が復元され、行田市郷土博物館が併設されている。現在は公園として無料開放されており、昼間は歴史散策を楽しむ市民や観光客で賑わいを見せる。石田堤の遺構は行田市・熊谷市両市にまたがって現存し、歴史遺産として整備が続けられている。

行田市·12 views
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三峯神社奥宮

秩父山中の古社の奥宮。山中の神域では不思議な体験をするという報告が多く、山の神の存在を感じると言われる神聖な場所。

秩父市·11 views
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正丸峠

埼玉県飯能市と秩父郡横瀬町の境に位置する正丸峠は、標高636メートル、奥武蔵の主要峠のひとつである。江戸時代から続く秩父往還の難所として、生糸・絹織物の輸送路として、また秩父三十四箇所観音霊場の巡礼路の一部として、長く利用されてきた。 1936年(昭和11年)、自動車交通のための旧道(県道)が開削され、急傾斜と九十九折を多用した山岳道路として整備された。1982年(昭和57年)、現在の国道299号の本線として全長1,918メートルの新正丸トンネルが開通し、旧道は峠経由の観光道路と地元住民の生活道としての性格に変わった。 旧道の九十九折は走行が困難な一方、走り屋・峠族と呼ばれる愛好家には人気を集めるルートとして知られている。1990年代後半から2000年代にかけて、漫画『頭文字D』のモデルとなった峠のひとつとされ、聖地巡礼の対象としても訪問者を集めた。 一方で、深夜走行による事故が継続的な課題となっている。埼玉県警と飯能市は重点取り締まりエリアとして指定し、夜間のスピード走行や暴走行為に対する取り締まりを続けている。地元住民への迷惑、事故時の救急搬送の困難、ガードレールや路面の破損など、複数の問題が長期化している。 旧道沿いには峠頂上付近の奥村茶屋など、地元住民が営む休憩施設がいくつかあり、平日の昼間は静かな観光道路として機能する。

飯能市·7 views
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旧正丸峠トンネル

埼玉県飯能市と秩父郡横瀬町の境に、奥武蔵の主要峠のひとつ正丸峠が位置する。標高636メートル、関東山地の前衛にあたるこの峠は、江戸期から秩父地方の生糸・絹織物を江戸へ運ぶ重要な経路として使われてきた。秩父往還と呼ばれた街道のルートのひとつである。 自動車時代に入り、1936年(昭和11年)に旧道の正丸峠経由の県道が開削された。九十九折の急坂を上り、峠頂上付近を越えて秩父側に下る路線で、走行は厳しいが眺望に優れる。1982年(昭和57年)、峠の下を貫通する全長1,918メートル(一部資料では1,928メートル)の新正丸トンネルが国道299号として開通し、旧道は秩父観光と峠道走行を目的とした補助的な道に役割が変わった。 旧道は1990年代以降、走り屋やバイク愛好者の聖地として知られるようになり、深夜走行や事故が多発したため、飯能市と横瀬町、警察が継続的に注意喚起と取り締まりを行ってきた。現在も交通量は限定的だが、九十九折の急カーブが連続するため、悪天候時や夜間の走行は避けるよう公式に呼びかけられている。 旧道沿いに残るトンネルや橋梁の構造物は、昭和初期の山岳道路建設技術を示す土木遺産として記録されている。一部は飯能市の郷土史資料に取り上げられているが、文化財指定は受けていない。新正丸トンネルは2022年から2024年にかけて大規模補修工事が実施され、夜間通行止めの期間が設けられた経緯がある。

飯能市·7 views
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達磨神社

埼玉県飯能市、奥武蔵の山あいに静かに佇む達磨神社では、「夜間に社殿の中の達磨がひとりでに動く」「無数の達磨の目がいっせいにこちらを向いている気がした」という体験談が語られているとされる。片目だけが入った達磨が整然と並ぶ光景は昼間でも異様な圧迫感を放つと言われており、「願いが叶わなかった達磨の念が境内に残っている」という噂もまことしやかに囁かれている。また、夕暮れ以降に参拝した人物が「背後から誰かに見られている感覚が消えなかった」と語ったという話も一部で伝わっており、心霊スポットとして訪れる者が後を絶たないとされる。 達磨神社は達磨大師を祀る民間信仰の小社で、禅宗の開祖への信仰を起源とする。日本では江戸時代以降、養蚕・農業の守護や開運招福のシンボルとして各地の小社に祀られるようになり、願掛けの際に片目を入れ、成就の折にもう一方の目を入れる風習で知られる。飯能市は江戸期から養蚕と林業で栄えた地域であり、こうした民間信仰の社が点在している。達磨神社もそのひとつで、創建の正確な記録は乏しいものの、戦前から戦後にかけて整備された社と郷土史では位置づけられている。社の周辺は私有地と公道が複雑に入り組むため、訪れる際は地元住民への十分な配慮が必要だ。

飯能市

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大宮氷川神社裏手廃屋
水辺·埼玉県 さいたま市

大宮氷川神社裏手廃屋

さいたま市大宮区の武蔵一宮氷川神社の裏手に残る廃屋。関東最古の神社の神域に隣接する廃屋で、神社の霊的エネルギーが流れ込む場所として霊感の強い人が多く訪れる。廃屋内では神主や参拝者の霊が留まるとされ、深夜に祝詞を唱える声が聞こえる、白装束の人影が廃屋周辺を歩くといった怪異体験が報告されている。

荒川心霊橋
橋・高架·埼玉県 さいたま市

荒川心霊橋

埼玉県さいたま市を流れる荒川に架かるこの橋は、地域の心霊ファンの間で「荒川心霊橋」として広く知られる恐怖の名所である。深夜にこの橋の上に立つと、川面から霧のような白い靄が漂い上がり、その中に人の顔のような形が浮かび上がることがあると多くの目撃者が証言している。かつてこの橋の付近では複数の水難事故や犠牲者が出ており、成仏できずにいる霊が訪れた者に語りかけてくるとも言われている。深夜に橋を渡った後、自宅に帰ってから突然体が動かなくなったり、金縛りに遭ったりする体験談が後を絶たない。

埼玉県さいたま市大宮区大門公園
宿泊・居住跡·埼玉県 さいたま市大宮区

埼玉県さいたま市大宮区大門公園

埼玉県さいたま市大宮区にある大門公園は、昼間は市民が憩うのどかな公園でありながら、夜間になると不審な人物が出没したり、心霊現象が起きたりすることで地元では危険な場所として知られている。公園内の特定の区画では夜間に変な笑い声や奇妙な叫び声が聞こえることがあるとされており、その声の発生源を探しても誰もいないという状況が繰り返されている。地元住民の間では夜間に一人で公園を歩くことを避けるよう言い伝えられており、夜の公園には近づかないよう子供たちに厳しく言い聞かせる家庭も多いという。

秋ヶ瀬公園
水辺·埼玉県 さいたま市桜区

秋ヶ瀬公園

荒川沿いに広がる都市公園。夜間は街灯もなく暗く不気味で、赤ん坊の泣き声・首のない霊がさまようという目撃情報が多数。かつて周辺で多数の遺体が発見されたという歴史も持つ。

ときがわ町廃温泉施設跡
廃墟・残骸·埼玉県 ときがわ町

ときがわ町廃温泉施設跡

バブル期に建設された温泉保養施設が経営破綻後に廃墟となった場所。廃施設内では入浴していた客の霊が今も風呂場に留まっているとされ、廃浴室では水音と人の気配が感じられ、鏡に人の顔が映り込むという怪奇現象が報告されている。

ふじみ野市廃病院の患者霊
廃墟・残骸·埼玉県 ふじみ野市

ふじみ野市廃病院の患者霊

昭和中期に閉院した地域の病院の廃墟。長年多くの患者が入院し、帰らぬ人となった方も多かった。廃病院の廊下では白衣姿の霊が歩き回り、かつての病室から患者の呻き声が聞こえるという怪奇現象が複数の目撃者によって報告されている。

三芳町廃農場の農夫霊
路上・交差点·埼玉県 三芳町

三芳町廃農場の農夫霊

武蔵野の面影を残す三芳町の旧農場跡地。農作業中に事故で命を落とした農夫の霊が土地を離れられずにいるとされ、廃農場周辺では夕暮れ時に農作業をする人影が見えることがある。写真に撮ると農作業着姿の霊が写り込むという報告が複数ある。

三郷市旧葦原の水難霊
山道・峠·埼玉県 三郷市

三郷市旧葦原の水難霊

かつて広大な葦原と水田が広がっていた三郷市の低湿地帯。江戸川と中川が合流する地点付近では水難事故が頻発し、溺死者の霊が水辺に留まっているとされる。夜間に川岸を歩くと水中から腕が伸びてくる幻影が見えることがある。

上尾市旧処刑場跡の首なし霊
廃墟・残骸·埼玉県 上尾市

上尾市旧処刑場跡の首なし霊

江戸時代に罪人を処刑した刑場の跡地。現在は住宅地として開発されているが、一角に残る古い石碑の周辺では夜間に首のない人影が出没し、写真に撮ると必ず霊的な光が写り込むという現象が報告されている。

上里町旧中山道の旅人霊
山道・峠·埼玉県 上里町

上里町旧中山道の旅人霊

中山道が通っていた上里町の旧街道沿いに伝わる旅人の怪談。旅の途中で病に倒れ命を落とした旅人の霊が街道跡に留まっているとされ、夜間に旧街道沿いを歩くと後ろから足音が付いてくる体験談が語り継がれている。

上里心霊橋
橋・高架·埼玉県 上里町

上里心霊橋

群馬県と埼玉県の境に存在する「上里心霊橋」は、夜間に白い人影が出現したり橋の上から落下する音が聞こえるなどの心霊現象が報告されている場所であり、事故多発地点としても知られており遭難者の霊が橋の上を彷徨っているという都市伝説が語り継がれている。深夜に橋の上を歩いた体験者が、橋の手すりの外側に白い人物がしがみついているのを目撃したと証言しており、声をかけた瞬間に人物が手を離して落下する音がしたが、下を見ると誰もいなかったという体験談が残されている。

久喜市旧沼地の水没霊
山道・峠·埼玉県 久喜市

久喜市旧沼地の水没霊

かつて広大な沼地だった久喜市の農地には、干拓工事中に溺死した人夫の霊が残っているとされる。雨の夜には農地の一角から水音が聞こえ、田んぼの中に白い人影が立つ姿が目撃されることがある。地面から水が染み出す場所では特に霊的な活動が活発だという。

伊奈町旧処刑場跡の幽霊
廃墟・残骸·埼玉県 伊奈町

伊奈町旧処刑場跡の幽霊

江戸時代に処刑が行われた場所の跡地。関東郡代の陣屋が置かれた伊奈町の一角に刑場があったとされ、処刑された罪人の霊が今も跡地付近に出没するという怪談が伝わっている。夜間に通ると首のない人影が追いかけてくることがあるという。

八潮市旧沼地の怪火
水辺·埼玉県 八潮市

八潮市旧沼地の怪火

かつて広大な沼地と低湿地帯だった八潮市の農地。干拓前に溺死した人々の霊が土地に残っているとされ、夜の農地では青白い「鬼火」が揺れる現象が目撃されている。農地の一角では夜間に水音が聞こえ、水中から手が伸びてくる幻影を見た人がいる。

加須市旧騎西城址の怨霊
宿泊・居住跡·埼玉県 加須市

加須市旧騎西城址の怨霊

室町時代に築かれた騎西城の跡地。戦国時代の攻防で命を落とした武将たちの霊が城跡に宿るとされ、夜間に城址公園を訪れると甲冑の音と武者の怒声が聞こえることがある。城の落城時に城主が非業の最期を遂げたとされるとされる場所では特に霊的活動が活発だという。