
愛岐トンネル群 13号トンネル(池田町屋第一隧道)
愛岐トンネル群は、愛知県春日井市と岐阜県多治見市を結んでいた旧国鉄中央線の廃線跡に残るレンガ造トンネル群である。1900年(明治33年)に開通し、複線電化による新線への切替に伴い1966年(昭和41年)に廃線となった。多治見市側に位置する13号トンネル(池田町屋第一隧道)は全長262メートルで、建設工事は難工事として知られ、路線全体では20名以上の作業員が工事中の事故で亡くなったと伝わる。現在は封
使われなくなったトンネル・隧道。
全国 10 件
福島県 西白河郡西郷村
福島県西白河郡西郷村と下郷町を結ぶ国道289号甲子道路は、1970年の国道指定から38年間、自動車での通行を遮断された交通難所だった。標高1,400メートルの甲子峠を越える唯一のルートでありながら、険しい地形と豪雪のため、1975年の着工から2008年の開通まで33年の歳月を要した。この長い工期の中で、地形と工事は幾度となく衝突した。2002年の台風6号による集中豪雨は甲子峠付近で大規模な地滑りを
群馬県 安中市
群馬県安中市、信越本線の難所として知られた碓氷峠の旧線跡にたたずむ煉瓦造りの建物。1912年(明治45年)、急勾配を登るアプト式鉄道の電化にあわせて建てられた変電所で、二棟が向かい合う重厚な姿は重要文化財に指定されている。新線への切り替えで碓氷峠の旧線は廃止され、いまは遊歩道「アプトの道」として歩けるが、沿線に点在する廃トンネル群とともに、心霊・廃墟の語りが寄せられる場所でもある。二棟の煉瓦建築が
香川県 丸亀市
香川県丸亀市の飯野山(讃岐富士)は標高422メートルの円錐形の山で、瀬戸内海を望む平野の象徴とされてきた。周辺の讃岐平野は東西24キロメートル、南北43キロメートルの広がりを持ち、古代から農業の中心地である。この地域は降水量が少ないため、奈良時代から江戸時代にかけて膨大なため池と用水路が整備された。現在も香川県内に14,000カ所のため池が存在し、その多くが江戸時代に造成されたものである。 飯野

愛岐トンネル群は、愛知県春日井市と岐阜県多治見市を結んでいた旧国鉄中央線の廃線跡に残るレンガ造トンネル群である。1900年(明治33年)に開通し、複線電化による新線への切替に伴い1966年(昭和41年)に廃線となった。多治見市側に位置する13号トンネル(池田町屋第一隧道)は全長262メートルで、建設工事は難工事として知られ、路線全体では20名以上の作業員が工事中の事故で亡くなったと伝わる。現在は封

群馬県安中市、信越本線の難所として知られた碓氷峠の旧線跡にたたずむ煉瓦造りの建物。1912年(明治45年)、急勾配を登るアプト式鉄道の電化にあわせて建てられた変電所で、二棟が向かい合う重厚な姿は重要文化財に指定されている。新線への切り替えで碓氷峠の旧線は廃止され、いまは遊歩道「アプトの道」として歩けるが、沿線に点在する廃トンネル群とともに、心霊・廃墟の語りが寄せられる場所でもある。二棟の煉瓦建築が

福島・山形県境の奥羽山脈を越える板谷峠は、1899年に開通した奥羽南線(のちの奥羽本線)が通る難所で、最大33パーミル前後の急勾配や半径300m級の急曲線、連続する多数のトンネルが続く区間だった。蒸気機関車が急坂では発停車しにくいため、赤岩・板谷・峠・大沢の各駅にはスイッチバックが設けられ、列車は折り返しながら峠を越えた。山形県米沢市の峠駅もその一つで、山形新幹線に向けた1990年の新線切替に伴っ

福岡県北九州市門司地区の関門海峡沿岸には、1939年から1958年にかけて海底トンネル建設に従事した労働者たちの痕跡が残されている。本州と九州を海底で結ぶというかつての難工事は、適さない地質条件、第二次世界大戦中の資材不足、戦災による工事中断という多重の困難に見舞われた。本坑が貫通したのは1944年だったが、1945年から1952年までの約7年間、工事は中断を余儀なくされた。最終的に竣工したのは1

岐阜県恵那市の恵那山麓に位置する旧道のトンネルは、かつて山越えの主要ルートとして機能していた。新道の開通により役目を終え、現在は入口が塞がれたままとなっている。トンネル周辺は針葉樹林に覆われ、採光に乏しい環境にある。 恵那山周辺の交通路は古くから利用されており、神坂峠は東山道の一部として機能していた歴史がある。昭和期には恵那市内の道路網が段階的に整備され、1975年には中央自動車道の恵那山トンネ

福島県西白河郡西郷村と下郷町を結ぶ国道289号甲子道路は、1970年の国道指定から38年間、自動車での通行を遮断された交通難所だった。標高1,400メートルの甲子峠を越える唯一のルートでありながら、険しい地形と豪雪のため、1975年の着工から2008年の開通まで33年の歳月を要した。この長い工期の中で、地形と工事は幾度となく衝突した。2002年の台風6号による集中豪雨は甲子峠付近で大規模な地滑りを

旧国鉄篠ノ井線は1902年(明治35年)に松本~塩尻間の延伸によって全通した山岳路線で、県内の南北を結ぶ動脈として機能してきた。なかでも明科駅と西条駅を結ぶ区間は潮沢川沿いの急峻な地形をたどり、地すべりが多発する難所として知られていた。輸送量の増大と安全性確保を背景に新線の建設が進められ、白坂トンネルを含む新ルートが1988年(昭和63年)に開通したことで、この旧線区間は役目を終えて廃止された。

島根県安来市には鉄道の廃線遺構がいくつか残るが、「旧国鉄安来線」という路線名は公的な記録では確認できない。安来を通っていた鉄道のうち私鉄としては、荒島駅から出雲広瀬駅までを飯梨川沿いに結んだ広瀬線があり、広瀬鉄道として1928年に開業し、社名変更を経て一畑電気鉄道広瀬線となったのち、1960年に廃止されている。一方、山陰本線の旧線区間(米子〜安来)には、複線化に伴う経路変更で使われなくなった単線用

大糸線は1915年に信濃鉄道として開業し、北アルプス東麓を通る山岳路線として段階的に拡張された。1957年に松本駅と糸魚川駅が結ばれ、豪雪と崖崩れが頻発する難所を通すため、多数のトンネルと橋梁が築かれた。特に非電化区間では約3割がトンネルで占められ、1939年の風張山崩壊など大規模な地形変動に何度も直面している。路線の最適化に伴い、昭和初期から戦後にかけて複数の旧ルートが放棄され、廃トンネルと廃築

香川県丸亀市の飯野山(讃岐富士)は標高422メートルの円錐形の山で、瀬戸内海を望む平野の象徴とされてきた。周辺の讃岐平野は東西24キロメートル、南北43キロメートルの広がりを持ち、古代から農業の中心地である。この地域は降水量が少ないため、奈良時代から江戸時代にかけて膨大なため池と用水路が整備された。現在も香川県内に14,000カ所のため池が存在し、その多くが江戸時代に造成されたものである。 飯野