
三木城跡の断末魔
兵庫県南部の三木市にある三木城跡は、戦国期に別所氏が拠った山城で、天正年間に羽柴秀吉によって包囲され「三木の干殺し」と呼ばれる長期にわたる兵糧攻めが行われた地として知られる。籠城下では兵士のみならず城内に逃げ込んだ非戦闘員にも甚大な犠牲が生じたと伝えられ、その記憶は今も市民の歴史認識のなかに深く息づいている。 寄せられる体験談で繰り返し語られるのは、城跡の本丸跡に夜遅く訪れると、谷風に紛れて遠くから抑えた泣き声のような低い声が幾重にも重なって届いてくる、というものである。空腹を訴える子どもの声に似た細い響きが耳元をかすめた、訪問の翌朝に体の重さや胸の痛みを訴える同行者がいた、と語る人もいる。 地元では、別所氏や籠城者、敵味方を問わず命を落とした人びとへの弔いが、寺院の供養や城まつり等を通じて世代を超えて穏やかに受け継がれてきた。現象の話は単なる怪異ではなく、戦と飢えの悲しみを忘れず平和を願う祈りの一形態として受け止められている。 城跡は史跡公園として整備されているが、夜間は閉鎖区域や足元の悪い斜面も多く、騒ぐ行為や肝試し目的の侵入は地域住民への大きな迷惑となる。訪れる場合は日中、資料館や供養塔を経由し、犠牲者への深い弔意を欠かさず静かに歩くこと。