
行田の忍城跡
水攻めの犠牲者が眠る城跡として、行田の忍城跡には古くから不穏な噂が絶えないとされる。1590年の水攻めで堤が決壊した際、豊臣方だけで200名を超える溺死者を出したと記録に残るが、その霊が今も城跡周辺を彷徨っているという言い伝えが地元に語り継がれているという。夜間に本丸跡の堀沿いを歩くと、水面から呻き声のようなものが聞こえるという体験談がインターネット上に複数投稿されており、水中に白い影が揺れるのを目撃したとする情報もあるとされる。また、復元された三階櫓の周辺では、戦国時代の装束を纏った人影が佇んでいるのを見たという噂も語られており、城を守り抜いた将兵や、無念の死を遂げた攻め手側の霊が交錯する場所ではないかと囁かれている。 忍城跡は埼玉県行田市本丸に位置し、室町中期に成田氏が築いた「水城」として知られる。周囲を堀と沼地に囲まれた難攻不落の地形を誇り、1590年の豊臣秀吉による小田原征伐の際には石田三成の水攻めにも屈せず、最終的に落城ではなく開城という形で戦いを終えた。この歴史は小説・映画『のぼうの城』で広く知られるようになった。明治の廃城令後、1988年に三階櫓が復元され、行田市郷土博物館が併設されている。現在は公園として無料開放されており、昼間は歴史散策を楽しむ市民や観光客で賑わいを見せる。石田堤の遺構は行田市・熊谷市両市にまたがって現存し、歴史遺産として整備が続けられている。
