平和公園
平和公園は、名古屋市が第二次世界大戦の戦災復興土地区画整理事業の一環として整備した大規模霊園を含む公園である。1946年に墓地整理委員会が設置され、1947年から1957年にかけて中区・東区・熱田区をはじめとする市内278寺院にあった墓地約18.9万基が、千種区の東部丘陵地に集約移転された(一部寺院の移転完了は1981年まで続いた)。尾張藩の菩提寺であった建中寺の歴代藩主墓所なども含め、市街地の由緒ある墓所がほぼ全て移されるという徹底した事業であった。1964年には、戦災犠牲者の追悼と平和祈念のための施設「平和堂」が完成し、堂内には中国・南京から贈られた千手観音像が安置されている。現在は桜の名所としても知られ、日中は市民の憩いの場として利用される一方、園内には広大な墓域が広がっている。この墓地公園については、乳母車を引く老婆の霊が現れる、あるいは追いかけてくるという噂が複数の記録で語られており、夜間に撮影すると赤色の光や人影のようなものが写り込むという話も伝えられている。また、肝試しに来た若者の一団のうち一人が事故で亡くなり、その後も不幸が続いたという都市伝説的な噂も見られる。