
旧犬鳴トンネル
「この先、日本国憲法は通用しない」。犬鳴峠を語るとき、必ずと言っていいほど引かれるこのフレーズ。実際にそんな看板があったのか、というと、それを直接撮影した写真は存在しない。インターネット黎明期の2000年代前半、複数の心霊系掲示板に「友人が見た」という伝聞として書き込まれ、それが繰り返し引用されているうちに事実として定着していった、というのが現在の研究者・ジャーナリストの一致した見方である。 では犬鳴峠そのものはどんな場所か。福岡県宮若市と糟屋郡久山町の境にある標高約400メートルの峠で、修験道の行場として古くから知られていた。江戸時代の文献には犬鳴山という記述が残り、明治期には炭鉱開発も行われた地域である。 トンネルの来歴は事実関係がはっきりしている。1949年(昭和24年)に開通した片側交互通行の隧道で、1975年(昭和50年)に新トンネルが完成したのを機に旧道として閉鎖された。現在は北側坑口がコンクリートと土砂で完全に封鎖され、車両も歩行者も通行できない。封鎖の主な理由は構造物の老朽化と落石、不法侵入と廃棄物投棄の対策で、自治体の公式資料にも明記されている。 それでも峠そのものは抜け道として、また心霊スポットを目当てとした訪問者の目的地として、今も人を引き寄せる。地元自治体は深夜の進入を控えるよう繰り返し呼びかけている。封鎖された坑口の前に立つ者が時折、奥から声を聞いたと語る。その語り自体が、半世紀をかけて積み重なった文化現象として記録されるべきものになっている。