
錦漁港(三重県度会郡大紀町錦)
錦漁港は熊野灘に面したリアス式海岸の入り江に開けた三重県大紀町の港で、鰤・鯛・鰹などの漁で栄えてきた土地である。港には漁協直販の朝市が立ち、江戸時代後期から続く「赤船祭」では大漁と海上安全が祈られてきた。この地は古くから地震や台風による海の脅威とも隣り合わせで、港近くの金蔵寺境内には1854年の安政東海地震で押し寄せた津波の高さと教訓を記す「津波流死塔」が残り、地区内には1944年の昭和東南海地震による津波被害を伝える「平安の碑」も建立されている。旧紀勢町域では東南海地震の津波で64人が死亡し、447戸が流失したと伝えられる。こうした水難・津波の記憶が土地に刻まれていることから、荒天の夜に岸壁で波音に混じって声のようなものを聞いた、突堤に人影を見たといった話が港にまつわる怪異として語られることがある。漁業の現場である岸壁は今も高波や滑落の危険があり、日中の見学にとどめ、慰霊の対象への敬意を保つことが求められる。