
一庫ダム
一庫ダムは兵庫県川西市の北部、猪名川支流の一庫大路次川に築かれた多目的ダムで、阪神圏の上水道と治水、流域の農業用水を一手に担う重要な水源として、一九八〇年代前半に竣工した近代的な施設である。周辺は里山の景観に恵まれ、釣りや散策の場として親しまれているが、深い湖と急峻な斜面が織りなす複雑な地形は古くから事故の話を呼び込みやすく、水辺特有の畏れと結び付けて世代を超え語り継がれてきた水域でもある。 寄せられる体験談で繰り返し語られるのは、湖面の遠くに薄い人影のようなものが浮かび、しばらくすると静かに沈むように消えていく、というものである。岸辺で釣り糸を垂れていると風もないのに女性の啜り泣きに似た声が水面を渡って届いた、対岸の木立から白い人影がこちらを見つめていた、車に戻ろうと振り返ると後部座席に濡れた気配が残っていた、と語る訪問者がいる。深い湖の景観が記憶を呼び覚ます場として語られている。 地元では、水難で命を落とされた方々への弔いが、世代を超えて静かに受け継がれてきた。湖畔の祠で手を合わせる人々の姿もあり、現象の話は単なる怪異ではなく、水と暮らしの距離感を伝える寓話としても穏やかに受け止められている。 一庫ダム周辺は柵のない急斜面や深い水域が連続し、夜間の単独訪問は転落・水難事故の危険が極めて高い。心霊目的の深夜立ち入りは厳に控え、訪れる際は日中に湖畔の遊歩道や展望所から景観を楽しみ、水で逝かれた方々への敬意を欠かさないこと。
