
茂原市旧陸軍飛行場跡
千葉県茂原市の飛行場跡は、太平洋戦争末期に日本海軍の基地として機能していた場所である。1941年9月から建設が進められ、東郷地区の約150戸の民家や国民学校、寺社が強制移転された。建設には海軍設営隊のほか、長生中学校や茂原農学校の生徒、近隣住民も動員されている。 1942年から複数の航空隊が配置され、1944年8月には第252海軍航空隊が着任。翌1945年5月28日の米軍攻撃により同隊は北上、基地機能は喪失した。戦後、司令部跡は萩原小学校、兵舎跡は茂原中学校の敷地となり、滑走路の一部は現在の道路として保存されている。 最も目立つ遺構は掩体壕(えんたいこう)と呼ばれる掩蔽施設で、10基が現存する。横須賀鎮守府派遣の設営隊が設計施工した土造コンクリート構造で、総面積365平方メートル、最高高6.7メートルに及ぶ。いくつかは農業用の倉庫や民間の格納庫として転用されているが、市が公開する施設もある。記憶の風化に対抗し、地域の戦争遺跡として継続的に保全・整理されている。