和歌山県

白浜町の心霊スポット

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三段壁洞窟

和歌山県西牟婁郡白浜町の海岸に、三段壁(さんだんべき)と呼ばれる海食崖がある。長さ約2キロメートル、高さ約60メートルにわたり、太平洋に面して垂直に切り立つ柱状節理の大岩壁である。和歌山県の代表的な景勝地のひとつで、国の名勝に指定されている。 地質的には、田辺層群と呼ばれる新第三紀の堆積岩層が、長い時間をかけて海食と隆起を繰り返した結果形成された地形である。柱状節理の発達した岩肌が、波濤に侵食されて垂直の岩壁となった。 三段壁の地下36メートルには、海蝕によって長い時間をかけて削り出された洞窟がある。この洞窟は1972年(昭和47年)から観光地として整備され、エレベーターで地下まで降りて見学できる「三段壁洞窟」として一般公開されている。 洞窟内には、平安時代末期の源平合戦の際、源氏方に味方した熊野水軍が舟を隠した場所だという伝承が残る。熊野水軍は、湛増(たんぞう)を率いる集団として知られ、和歌山県田辺市の闘鶏神社で紅白の鶏を闘わせて神意を占い、白い鶏(源氏方)が勝利したことから源氏に味方を決めた、と『平家物語』にも記されている。 源平合戦の決戦地となった壇ノ浦の戦い(元暦2年・1185年3月)に、熊野水軍は源義経の指揮下で参戦し、源氏方の勝利に貢献した。三段壁洞窟は、熊野水軍の本拠地や舟隠し場のひとつとして、地元の伝承の中で位置づけられている。 洞窟内部には、当時の伝承を再現するパネル展示と、熊野水軍を祀る祠が設置されている。観光地としての整備が進む一方、地質学・地形学的にも貴重な海食洞窟として、和歌山県教育委員会の自然遺産調査の対象となっている。 白浜町と和歌山県は、三段壁周辺の遊歩道整備と展望デッキの維持を続けている。三段壁の崖の上には自殺防止のために「いのちの電話」連絡先を記した案内板と、福祉・心理相談の窓口情報が掲示されている。観光地として安全に楽しめる環境を維持するための取り組みが地元社会と関係機関の連携で継続されている。 アクセスは白浜温泉から徒歩約20分、JR白浜駅から路線バスで約15分。三段壁観光は朝から夕方まで通年で見学可能、悪天候時は遊歩道が一部閉鎖される。

山道・峠

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三段壁洞窟
山道・峠·和歌山県 白浜町

三段壁洞窟

和歌山県西牟婁郡白浜町の海岸に、三段壁(さんだんべき)と呼ばれる海食崖がある。長さ約2キロメートル、高さ約60メートルにわたり、太平洋に面して垂直に切り立つ柱状節理の大岩壁である。和歌山県の代表的な景勝地のひとつで、国の名勝に指定されている。 地質的には、田辺層群と呼ばれる新第三紀の堆積岩層が、長い時間をかけて海食と隆起を繰り返した結果形成された地形である。柱状節理の発達した岩肌が、波濤に侵食されて垂直の岩壁となった。 三段壁の地下36メートルには、海蝕によって長い時間をかけて削り出された洞窟がある。この洞窟は1972年(昭和47年)から観光地として整備され、エレベーターで地下まで降りて見学できる「三段壁洞窟」として一般公開されている。 洞窟内には、平安時代末期の源平合戦の際、源氏方に味方した熊野水軍が舟を隠した場所だという伝承が残る。熊野水軍は、湛増(たんぞう)を率いる集団として知られ、和歌山県田辺市の闘鶏神社で紅白の鶏を闘わせて神意を占い、白い鶏(源氏方)が勝利したことから源氏に味方を決めた、と『平家物語』にも記されている。 源平合戦の決戦地となった壇ノ浦の戦い(元暦2年・1185年3月)に、熊野水軍は源義経の指揮下で参戦し、源氏方の勝利に貢献した。三段壁洞窟は、熊野水軍の本拠地や舟隠し場のひとつとして、地元の伝承の中で位置づけられている。 洞窟内部には、当時の伝承を再現するパネル展示と、熊野水軍を祀る祠が設置されている。観光地としての整備が進む一方、地質学・地形学的にも貴重な海食洞窟として、和歌山県教育委員会の自然遺産調査の対象となっている。 白浜町と和歌山県は、三段壁周辺の遊歩道整備と展望デッキの維持を続けている。三段壁の崖の上には自殺防止のために「いのちの電話」連絡先を記した案内板と、福祉・心理相談の窓口情報が掲示されている。観光地として安全に楽しめる環境を維持するための取り組みが地元社会と関係機関の連携で継続されている。 アクセスは白浜温泉から徒歩約20分、JR白浜駅から路線バスで約15分。三段壁観光は朝から夕方まで通年で見学可能、悪天候時は遊歩道が一部閉鎖される。