
朝霞市旧米軍キャンプ大泉跡
埼玉県朝霞市を中心とした地域には、1941年に設置された旧日本陸軍被服本廠の跡地がある。1945年9月、米軍が進駐し、米陸軍第8軍団隷下の第一騎兵師団が駐屯するキャンプ・ドレイク(基地名はマニラ戦で戦死したロイス・A・ドレイク大佐に由来)として機能した。基地は朝霞、和光、新座の3市とそれぞれの地域にまたがり、総面積は約4.5平方キロメートルに及んだ。 朝鮮戦争期には1万5,000人の兵士が前線へ送られ、基地周辺では治安悪化を招いた。返還要求運動を経て、1973年6月に南側の一部が返還され、1976年11月、1986年2月14日と段階的に返還が進んだ。1986年のノース・キャンプ返還により、朝霞市からの米軍基地はすべて撤退した。 現在、跡地は公園、学校、住宅地、公共施設、自衛隊駐屯地として活用されている。2012年には「朝霞の森」が開園し、住民の交流拠点となっている。都市計画の対象として土壌汚染とアスベスト除去が進められた。