
狭山市旧堀兼の廃農村
埼玉県狭山市の旧堀兼地区にあたる狭山丘陵の一角には、高度経済成長期以降の過疎化と都市化のはざまで人口を失い、わずかな廃屋と耕作放棄地が残る集落の跡が点在している。堀兼は江戸期から堀兼の井と呼ばれる古い掘井戸の伝承が残る土地で、茶や畑作、養蚕などを営みながら、水の乏しい武蔵野台地で粘り強く暮らしを築いてきた歴史を持つ地域である。離村の経緯は静かで、表立った悲劇は記録されておらず、人々は近隣の市街地へ徐々に移っていった。 寄せられる体験談で繰り返し語られるのは、夜更けに丘陵の小径を歩くと、廃屋の煙突の方角からごく微かに煙のような揺らぎが立ち昇り、奥の窓に橙色の灯りが一瞬だけ点ったように見える、というものである。誰もいないはずの軒先で雪駄の足音に似た音が遠ざかっていった、畑の畝の方から低い人声に似た響きが聞こえた、と語る探訪者もいる。離村した方々の暮らしの残響が、景観のなかに重なって想起されている。 地元では、離村された方々の事情を尊び、墓所や祠を訪れる縁者の足は今も絶えていない。茶畑や雑木林を含む土地の祭事も、形を変えながら細々と続けられており、廃村は忘却の場所ではなく、武蔵野の暮らしの記憶を静かに保つ場として受け止められている。 廃屋は倒壊や床抜け、釘やガラスによる負傷の危険があり、私有地・農地への無断立入は不法侵入にあたる。心霊目的の深夜訪問や撮影目的の侵入は厳に控え、訪れる場合は公道から景観を眺める程度に留め、土地を離れざるを得なかった方々の暮らしと、堀兼の井に象徴される水の歴史への敬意を欠かさないこと。