
ホテルニュー鳴子
千年の湯として知られる鳴子温泉郷の中核から遠く離れた鳳鳴平の山あいに、打ち捨てられたホテルが立ち尽くしている。1970年代に開業したホテルニュー鳴子は、当時の温泉地では指折りの規模を誇る宿泊施設だった。時代は高度成長期から安定成長期へ移り、バブル期には温泉旅館の繁栄を象徴する一つの名物だったとも言われる。しかし1990年代、施設内に火が入った。建物の幾筋かの壁は焼け焦げ、ガラスは熱で歪み、修復の手が入ることはなかった。営業再開は適わず、ホテルは消息を絶った。 廃墟へと化したこの建物が、いつしか心霊スポットの名リストに刻まれるようになった。インターネットの普及と同時に伝わってきたのは、大惨事の噂だった—火災で数百人の犠牲が出たと、幾度も語られた。ところが調べると、その話は根拠を持たない。火災は確かに起きたが、犠牲者は出なかったとされている。事実と噂のズレは、この場所が持つ不気味さを余計に際立たせた。 現在も3階建ての躯体は存在し、フロントロビーには昭和の電話機が置き去られたままである。その受話器から「熱い」「苦しい」という音声が聞こえると、訪問者たちは語る。2階の窓枠には、人影のシルエットが映ると目撃談が途絶えない。霊能力者の中には、この場所への立ち入りを拒み、調査を断念した者もいるという。冷蔵庫の残骸、円形の浴槽跡、建築当時の装飾品の欠片が、訪れた者の目に映る。階段は腐食し、床は草に覆われ、時間は静止している。かつて温泉客の笑い声が満ちていた空間は、いま沈黙に支配されている。鳴子温泉の他の老舗旅館たちが江戸・平安期から続く湯治の伝統を守るなか、この建物だけが歴史の外に放り出された。その落差が、人々の想像力をかき立てるのだろう。
