富山観音堂
富山観音堂は宮城県松島町手樽の富山山頂に建つ観音堂で、松島四大観のひとつ「麗観」として松島湾を一望できる景勝地でもある。伝承では平安時代の大同年間、征夷大将軍・坂上田村麻呂が観音菩薩像を安置したとされ、涌谷町の箟岳観音、石巻市の牧山観音と並び奥州三観音の一つに数えられる。現在の朱塗りの堂は伊達政宗の長女・五郎八姫が承応3年(1654)に改修したもので松島町の指定文化財、堂東の梵鐘も同氏の寄進(明暦3年・1657)で宮城県指定文化財となっている。駐車場から堂まで続く約300段の石段が、この場所を心霊スポットとして知られるようにした要因の一つとされる。訪問者の間では、夜間に無人の石段の上方から足音や鈴の音が聞こえたという報告や、堂内の梵鐘を鳴らした後に車のエンジンが動かなくなったという話が伝えられている。本尊の観音像を「首のない観音様」と呼ぶ噂も一部で語られているが、出典は限られており裏付けは薄い。また周辺は墓地や慰霊碑が点在する一帯でもあり、女性の霊を見たとする目撃談も報告されている。過去にこの地で自殺があったとする説もあるが、事件の詳細を裏付ける記録は確認できていない。