
安八町旧木曽川水害霊
岐阜県安八郡安八町は、木曽川・長良川・揖斐川の木曽三川に挟まれた輪中地帯に位置し、古くから水との共生を宿命としてきた低地の町である。輪中堤と水屋、上げ仏壇、母屋より一段高く築かれた水塚に象徴される水防の知恵が暮らしの隅々に息づく一方、一九七六年九月、集中豪雨による堤防決壊で広範な浸水被害を受けた経験は地域の記憶に深く刻まれ、治水と慰霊の営みが行政と住民の手で世代を超えて続けられ、河川改修の重要性を今に伝えている。 寄せられる体験談で繰り返し語られるのは、夜半に旧決壊地点付近を歩くと、水面のない場所からせせらぎや渦巻く流れのような音が伝わり、空気がひやりと湿る感覚に全身が包まれる、というものである。堤防の上で自分の名を呼ばれた気がして振り返っても誰もいなかった、田の方角に淡い橙色の光が点々と並んで揺れるのを見た、と語る来訪者もおり、土地の記憶として静かに伝わる。 地元では、水害で命を落とされた方々への慰霊が、水害記念碑への参拝や治水祈願の行事、輪中文化を伝える資料館の運営、毎年の防災訓練を通じて穏やかに続けられている。怪異の語りは恐怖譚ではなく、輪中の暮らしと自然への畏れを次代へ伝える地域の語り部として受け止められている。 旧決壊地点周辺は農地と用水路、排水機場が広がり、夜間は視界不良で水路転落や農機との衝突の危険が伴う。心霊目的の深夜訪問は控え、訪れる際は日中に水害資料館や記念碑を巡り、犠牲者と治水を担う方々への敬意を欠かさないこと。