
海津市旧木曽三川水害霊
岐阜県海津市は、木曽川・長良川・揖斐川のいわゆる木曽三川が合流する濃尾平野の最南端、海抜ゼロメートル地帯に広がる輪中の里である。江戸期から繰り返し大水害に見舞われ、宝暦期の薩摩藩士による治水工事をはじめ、明治期の三川分流工事に至るまで、人々は土を盛り堤を築き、輪中堤に囲まれた集落で農と暮らしを守ってきた。低地ゆえ洪水で命を落とした農民や旅人の話は、堤防沿いの寺社や石碑、治水神社の縁起に刻まれ、今も土地の歴史として静かに語り継がれている。 寄せられる体験談で繰り返し語られるのは、増水期の夕暮れに堤防沿いを歩いていると、川面の遠くから低い呻きのような響きが風に乗って届く、というものである。水門の脇で農作業の格好の人影が立っているのが一瞬見えた、堤の上から見下ろした水際に複数の白い影が連なって浮かぶように感じられた、と語る人もいる。具体的な犠牲者個人と結びついた怪談ではなく、輪中の苦難の歴史が現象として語られている。 地元では、治水に殉じた人々と水害で命を落とした方々への弔いが、寺社の法要や治水神社の祭祀を通じて続けられてきた。怪異の語りは恐怖の素材というより、低地に生きてきた人々の労苦と祈りを忘れないための媒介として受け止められている。 増水期の堤防や川辺は流れが速く、夜間の単独行動は滑落・流水事故の危険が極めて高い。心霊目的の深夜訪問は避け、訪れる際は治水神社や輪中の郷など公開施設で歴史を学び、水と共に生きてきた方々への敬意を心に留めたい。