
西粟倉村の山奥の廃家
岡山県英田郡西粟倉村は、中国山地の奥深くにある林業の村で、杉や檜の人工林に囲まれた谷筋に沢沿いの小さな集落が点在してきた土地である。高度経済成長期以降、林業従事者の高齢化と若年層の流出により山奥の戸数は減り、沢の最奥には住み手を失った一軒家が屋根を傾けたまま残る。村は近年、森林再生の取り組みで知られる一方、廃屋を巡って薪割りの音が朝靄に紛れて聞こえるという話が、地域の語りのなかで穏やかに受け継がれてきた。 寄せられる体験談で繰り返し語られるのは、夜が明けきらぬ時間に廃屋の前を通りかかると、薪を割る規則的な音と、囲炉裏に火を入れたような微かな煙の匂いが沢沿いに漂ってくる、というものである。縁側のあった場所に座った人影の輪郭が朝靄のなかに浮かんだ、戸口の方から低く咳き込む声が一度だけ聞こえた、と語る訪問者がいる。山の朝の冷気と沢の流れる音とが、暮らしの記憶を呼び戻す地形である。 地元では、山奥に最後まで残って薪と畑で暮らしを立てた方々への敬意が、世代を超えて静かに受け継がれてきた。廃屋は怪異の舞台ではなく「働いて生きた家」として扱われ、住民は不用意な詮索や夜間の覗き込みを慎むよう、訪れる者に節度を求めている。 山道は落石・滑落・熊や猪との遭遇の危険が高く、携帯電話の電波も届きにくい区間が続く。私有地への無断立入は厳禁で、心霊目的の深夜訪問は控え、訪れる場合は日中に村の案内に従い、林業の歴史と山の暮らしへの敬意を欠かさないこと。