釜石鉱山跡
釜石鉱山は、享保12年(1727年)に仙人峠付近で磁鉄鉱が発見されたことに始まり、安政4年(1857年)には日本で初めて洋式高炉による出銑に成功し、近代製鉄発祥の地として知られる。最盛期には数千人が働き、平成5年(1993年)まで大規模な採掘が続けられた(現在も小規模な採掘は継続)。閉山後は施設の大半が撤去され、選鉱場の巨大なコンクリート構造物や旧事務所、坑道跡が残る産業遺産として保存・公開されている。 鉱山の東側にある仙人峠には、名の由来として仙人が住んでいたという説のほか、麓の金山が崩落して千人の鉱夫が生き埋めになったという言い伝えが残る。この故事が「仙人」の字に転じたとも伝えられ、鉱山開発の陰にあった労働の危険と犠牲を示す記憶として受け継がれている。 鉱山跡そのものについても、宿舎跡と見られる建物付近で誰もいないはずの場所から大勢の話し声が聞こえた、携帯電話に意味の分からないメッセージが届いたなどの体験談があると一部ブログで紹介されており、心霊スポットとして名前が挙がる例がある。閉山から30年以上を経て建物の大半は姿を消したが、坑道や選鉱場の遺構は今も残り、往時の労働者たちの気配を感じさせる場所として語られることがある。
