
尾道市の廃寺の怪
広島県東部の尾道市は瀬戸内海に面した港町で、市街地の背後に急峻な斜面が迫り、千光寺山をはじめ古寺が斜面に層をなして点在することで広く知られている。海運の繁栄に支えられて建立された寺院のうちには、檀家の減少や立地の険しさから維持が困難となって廃された堂宇もあり、尾道市内の心霊譚の中で「廃寺の怪」として語られる場所のひとつとなっている。 寄せられる体験談で繰り返し語られるのは、深夜に斜面の境内跡へ近づくと、本堂跡の方角からかすかに読経のような低い声が漏れ聞こえ、揺れる小さな灯火のような光が一瞬境内をよぎる、というものである。廃墟内のある一室だけ他と空気が違って妙に重かった、参道の石段で背後の気配を強く感じて振り返ったが誰もいなかった、潮風の音に混じって木魚のような響きが届いた、と証言する者がいる。報告の多くは読経の音と灯火の印象に収斂している。 地元では、廃された寺で修行を重ねた僧や参拝者への哀悼を最優先に置く姿勢が受け継がれ、近隣寺院による法要や境内跡の清掃が細々と続けられてきた経緯がある。怪異譚はその記憶を伝える素朴な語り口の一つとして共有されている。 廃寺の境内とその参道は宗教法人や地権者の私有地に属し、無断立入は不法侵入に当たる。斜面の石段は崩落・滑落の危険が高く、夜間の単独行動は重大な事故に直結する。訪れる際は日中に正規の参道から黙礼するに留め、近隣寺院と住民への礼を失わないこと。
