
比治山陸軍墓地
比治山公園内に位置するこの墓地は、1872年の広島鎮台設置に伴って整備された旧陸軍墓地である。1877年の西南戦争から太平洋戦争にかけて命を落とした兵士など約4500柱が埋葬され、約3500基の墓石が並ぶ。日本兵のほか、中国・ドイツ・フランスの軍人の墓も含まれており、1900年の北清事変で亡くなったフランス兵のための専用区画も設けられた。戦後は進駐した米軍によって整地され荒廃したが、有志の手で復旧が進められ、1960年に現在の形へ整備された。墓地跡地の一部には後に放射線影響研究所(旧ABCC)が建設され、再建後も取り残された遺骨が見つかったとの記録がある。こうした歴史を背景に、この場所にはいくつかの怪異譚が伝わっている。夜間、隊列を組んで行進するような足音が聞こえるという報告があり、肝試しで訪れた者が同様の音を耳にして引き返したという話もある。ネット上では女性の霊の目撃が語られることも多い。また、顔が焼けただれたような姿の兵士の霊を見たという話や、木々の間で首を吊った人物の霊を見たという証言もある。何者かに肩を摑まれるような感触を覚えたとする声も伝えられている。現在は23時以降の入山が禁止され、麓には交番が設けられている。