
魔女の館野呂山
広島県呉市の野呂山は、弘法大師が修業したと伝えられる古い霊山だ。730年には山麓に堂が建てられ、以降、行人が修行地として拠点を置いてきた。瀬戸内海国立公園の区域に指定される観光地だが、その一角に「魔女の館」と呼ばれる廃墟がひっそり立っている。 この建物は1970年代、野呂山の別荘地開発に伴って建設された。ドイツのドラッヘンブルク城を模した3階建ての西洋館で、当初はレクリエーション施設として計画されていた。完成は1976年。高度経済成長の終焉とほぼ同時に建てられたこの構造物は、バブルの最後の光と陰を象徴するような存在である。 1973年のオイルショックは、野呂山一帯の観光開発を一変させた。同じ山上に営業していた遊園地は1974年に閉鎖。この経済的激変のなか、城館風の別荘地開発も投資家の熱を失い、多くの施設が未完成のまま、あるいは完成後も利用されぬまま放置された。「魔女の館」もその一つだ。窓には鉄格子が嵌め込まれ、かつての居住の痕跡を重く留めている。 ネット上では、この廃墟を訪れた者の間で超常現象の語り伝えが行われている。バーの鍵がかかった窓に人影が映るとの証言、2階の揺り椅子に座ると憑依されるとの言説、あるいは山道に首のない乗り手の姿が見えるという、複数の怪異報告が並んでいる。しかし、これらは往々にして根拠の定かでない経験談である。むしろ注目すべきは、この建物が立つ場所そのものが、経済転換の挫折を物質化した地点であるという現実だ。古い信仰地と新しい投機の産物が重なる野呂山のなかで、城館は時の経過を凝結させる装置として機能している。
