広島県隧道・トンネル系 心霊スポット

3 件の「隧道・トンネル」に絞り込み

広島県の心霊文化

瀬戸内の要衝・広島県は、近代日本の戦争の傷跡を最も深く刻む地である。1945年8月6日、十数万の命を奪った原爆の記憶、軍需を支えた巨大な旧陸軍被服支廠の赤煉瓦、毒ガス製造の島・大久野島の廃墟群——平和記念公園の静寂の地下には、被服廠の壁が今も焼夷の熱を抱え、瀬戸内の青い海は二十世紀の重い歴史を映し続けている。

隧道・トンネルという場所

山腹を貫くトンネルは、自然の境界を強引にこじ開けた人工の異界である。明治以降の鉄道・道路開削に伴う落盤事故、過酷な労役に倒れた工夫、人柱の伝承が地中に積層し、闇の奥に沈殿する。出口の光が遠ざかる錯覚は、訪れる者を時間ごと飲み込んでいく。

隧道・トンネル·広島県 三次市

赤名トンネル

赤名トンネルは広島県三次市布野町横谷と島根県飯南町上赤名を結ぶ国道54号の隧道で、1964年9月16日に開通した。全長は約600メートル、標高はおよそ550メートルに達し、開通前は赤名峠越えで4.8キロメートルを要した道のりを2.8キロメートルに短縮した。峠そのものは古代から出雲と備後を結ぶ交通路として利用され、近世には石見銀山の銀を運ぶ銀山街道の最大の難所とされていた。このトンネルについては、白い服を着た若い女性の姿がトンネル内に現れ、走行中の車の前に立って消えるという話が伝えられている。ほかにも、もんぺ姿の老女が車にしがみついてくる、ランドセルを背負った子どもの姿が夜間に見られる、車内で女性のささやき声が聞こえるといった話も語られている。これらの現象は、峠道特有の急な下り坂やカーブが続く地形で交通事故が多いことと結び付けて語られることが多く、事故で亡くなった人々の霊であるとする見方が示されている。一方で、目撃情報の多さに比べて、心霊スポットとされる根拠は乏しいという指摘もある。

旧中国四国地方軍大型壕跡
隧道・トンネル·広島県 呉市

旧中国四国地方軍大型壕跡

広島県呉市に残る軍用地下壕は、太平洋戦争末期の1943年から1945年4月にかけて山腹に掘削された防空指揮施設である。鉄筋コンクリート半地下構造で、天井と外壁の厚さが1.5m程度に及ぶ設計となっており、大型爆弾への耐性を備えている。地下通路は南北24m、東西22m、最大高さ8.8m程度のスケールを有し、通信室や指揮室を備えていた。 呉は海軍の重要基地であり、1945年3月から7月にかけて連合国軍による激しい空襲を受けた。3月の攻撃および7月の焼夷弾爆撃では艦艇の沈没・大破が相次ぎ、7月の空襲により市街地の大規模な焼失が生じた。 戦後、この壕跡は部分的に一般公開されるなど、戦争の歴史を記録する遺構として機能してきた。

福山グリーンライン
隧道・トンネル·広島県 福山市

福山グリーンライン

福山グリーンラインは瀬戸内海を望む景観で知られる約14キロメートルの山岳道路で、1974年に観光道路として開通した。急カーブや急勾配が連続する区間が多く、開通後は交通事故が相次いだとされる。1984年には、この道路沿いの展望台駐車場に連れて行かれた小学生の男児が身代金目的の誘拐の末に殺害され、遺体が付近の斜面に遺棄される事件が発生し、加害者は裁判で死刑判決を受けた。事件は当時大きく報じられ、道路の印象に影響を与えたとされる。こうした経緯を背景に、道路沿いのトンネルでは深夜にヘッドライトを消すと女性の姿を見たという噂や、車内で幼い子どもの泣き声が聞こえるという話が伝えられている。エンジンが突然かからなくなる、ボンネットを開けると小さな手形が付いていたといった車両の異常を語る声もある。道中には供養のための地蔵が複数設置されており、そのうち首の欠けた一体の周辺でうめき声のような音を聞いたとする報告もある。噂は複数の心霊系サイトで確認できるが、登場する被害者像や年代などの細部は出典間で一致しない点もある。

広島県の他のカテゴリ