
のうが高原廃墟群
広島県廿日市市の野貝原山に位置するのうが高原廃墟群は、かつての大規模リゾート施設跡地である。1965年に廿日市観光農園として営業を開始し、1971年に「のうが高原」と改名して本格的な開発が進められた。バブル景気のさなか、ホテル、キャンプ場、温泉施設など多くの建造物がこの山頂に立ち並んでいた。 この場所が独特の磁場を持つ理由は、施設開発以前に遡る。山頂には古代から磐座(いわくら)と呼ばれる神聖視される巨石群が散在しており、広島県の古社・速谷神社の奥院として位置付けられていた。開発時には、ホテルの大規模な岩風呂などがこれら既存の磐座を施設に取り込む形で建設されたことが知られている。1970~80年代には音楽フェスティバルやイベント大会が開催され、多くの観光客を集めた。 しかし建設費が嵩み、1980年代の観光減退とともに経営難に直面。1986年に倒産して以来、建物は急速に朽ち果てた。老朽化した建造物の危険性から、2000年代には立ち入りが困難になり、廃墟探訪の対象と化していった。2020年代には跡地がメガソーラー建設予定地となり、残存していた建物もほぼ消失した。 古代の聖地が観光地化され、さらに廃墟化するという急速な衰退の過程で、この場所は心霊スポットとしての評判を帯びるようになった。実際の怪異報告は限定的だが、失われた繁栄と場所の由来という構図が、ネット上では「正体不明の霊が徘徊する」という伝聞として流通している。建築廃墟としての物理的な危険性と、失われた時代への郷愁が、このスポットの「霊性」を生み出しているといえよう。