
野貝原山廃ホテル
広島県廿日市市の野貝原山中腹に佇む大型の旧宿泊施設跡は、瀬戸内を見下ろす山岳観光地として整備されたのちに役割を終え、現在は山中で静かに朽ちていくに任されている土地である。宮島対岸の文化圏に位置し、瀬戸内観光の歴史と、そこに関わった従業員・利用客の労苦、戦後高度成長期の山岳リゾート開発と、その後の観光需要の変化の記憶を併せ持つ場所として、地元では穏やかに語り継がれてきた山岳廃景観の代表である。 寄せられる体験談で繰り返し語られるのは、霧の濃い夜に外周道路から山の方角を見上げると、廃ホテルの窓のひとつに淡い明かりがふと灯ったように見える、というものである。雨上がりの夕刻に建物の方角から低い物音が断続的に届いたような気がした、敷地の手前で空気が急に重く沈んで湿った匂いが立ち込めていた、林道の奥で人声に似た響きが遠く聞こえた、と語る訪問者もいる。具体的な事件と結ぶ語りではない、山霧と廃景観が織りなす素朴な噂である。 地元では、瀬戸内観光を支えた人々と山の自然への敬意が穏やかに受け継がれており、現象の話は怪異というより、廃景観の取り扱いへの慎みと地域の観光史への眼差しを促す寓話として受け止められている。 建物は老朽化が著しく、床抜け・崩落・有害物質・落下物・残置ガラスなどの危険が極めて高い。私有・管理地で立入は禁じられており、無断侵入は不法侵入として法的責任を問われる。心霊目的の訪問は厳に控え、山と観光史への敬意を欠かさないこと。