
入鹿池
愛知県犬山市の入鹿池は、1633年に江崎善左衛門ら入鹿六人衆により開削された尾張地方最大級の灌漑用ため池である。周囲16キロメートル、貯水量1,518万立方メートルの規模は、全国でも有数であり、三百年以上にわたり尾張平野の農業を支えてきた水利施設として機能してきた。 明治元年(1868年)5月、連日の豪雨により堤防が決壊する大災害が発生した。この「入鹿切れ」では、下流域の133町村に及ぶ広大な地域が浸水し、死者941人、負傷者1,471人を数える被害となった。流失家屋807戸、浸水家屋11,709戸という記録は、この事象の規模を物語っている。 現在、入鹿池の湖畔には複数の慰霊碑と祠が点在し、かつての水害に関わる歴史が物質化されて存在する。池は1977年から防災ダム事業により安全性を向上させられ、現在は釣りや遊歩道による観光地として利用されている。明治村も隣接し、日中の景観は穏やかである。 ネット上では、夜間の湖畔で人影のような形態が水面に浮かぶ、風のない夜に水紋が広がるといった報告が繰り返され、池の水難の歴史と結びつけられている。

