
金城埠頭
名古屋港の中央に広がる島式埠頭。昭和38年(1963年)の埋め立て開始から現在まで、商港とレジャーの複合地帯として変容してきた金城埠頭は、近年になってインターネットで心霊スポットとして名前が挙がるようになった。 その名は、名古屋城の別称「金城」に由来し、1965年に一般公募で命名された。戦後の名古屋港拡張計画の一環として造成され、昭和43年には日本初のフルコンテナ船が入港するなど、自動車や機械の輸出入を担う経済の要所だった。1970年代から現在にかけ、国際展示場、ポートメッセ、テーマパーク、商業施設が次々と立地し、表面上は家族向けの娯楽地区へと様変わりしている。 一方で埠頭全体では、車の転落事故が相次いできた。特に「13番岸壁」は都市伝説の温床となっており、インターネット上では「海面から青白い手が無数に出ていて『おいでおいで』と手招きしていた」という目撃証言が伝えられている。同じ埠頭の別の岸壁では原因不明の交通事故が多発したため、かつてお祓いが行われたという記録が存在する。 埠頭の北側は庄内川に接しており、歴史的に水難事故が多い地域である。川との境界部分では、身元不明の遺体が発見されることもあり、こうした現実の悲劇が、赤い服の女性の幽霊や革ジャン姿の男女の霊という目撃証言と結びついているとみられる。 ネット掲示板では「ハンドル操作が聞かなくなる」「窓を叩く音がする」といった体験が投稿されるが、同じ場所での交通事故の多さを考えると、心理的な期待効果や注意散漫による実際の危険のほうが、現象の説明として適切かもしれない。昭和の高度成長期に急速に造成された埠頭であり、人工的な地盤の特性や海岸の複雑な地形が、気象条件によって思いがけない現象を生む可能性も指摘されている。 2010年代以降、レゴランドやリニア・鉄道館など大型娯楽施設が開業し、日中は家族連れで賑わう場所となった。だが夜間、特に埠頭の奥深い岸壁エリアへ車で進むと、外界から隔絶された水辺の静寂に晒される。商港という本来の機能を失いつつある老朽岸壁と、市民向けの新しい施設が立ち並ぶ二面性が、この場所の不気味さを増幅させているのかもしれない。






