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大島町の心霊スポット

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大島町の人気スポット TOP2

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波治加麻神社

伊豆大島の泉津地区に鎮座する波治加麻神社は、平安時代の延喜式神名帳にも記載される古社で、事代主神の子・波治命を祀る。境内の大木の根元には、若者25人が丸木舟を作った跡と伝わる杉の切株が残り、その傍らには「日忌様」と呼ばれる霊を祀る小さな祠が二基置かれている。伝承によれば、かつて泉津を治めた代官の圧政に耐えかねた25人の若者が代官を討ち、境内の大杉を切り出して作った丸木舟で島を脱出したという。利島・新島・神津島のいずれにも身を寄せる場所は与えられず、旧暦1月24日、一行は消息を絶ったとされる。以来、この霊は毎年同じ夜に島へ帰ってくると信じられ、住民は日没から夜明けまで屋内にこもり、雨戸にトベラや柊の葉を挿し、神棚に25個の餅と海の小石を供えて、外を出歩かず海も見ないまま静かに過ごす風習を守ってきた。同様の言い伝えは伊豆諸島各地に伝わる「海難法師」の起源譚のひとつとされ、この神社と祠がその発祥地とされている。

神域・霊場
2

三原山

伊豆大島の中央にそびえる三原山は、江戸時代から続く噴火の火柱や火映を「御神火」と呼んで畏敬してきた活火山である。1933年1月から2月にかけて、女学生が同行者とともに火口を訪れ噴火口へ身を投げる出来事が相次いだ。この一件が新聞各社によって大きく報じられ、以後、火口への投身が相次ぐ社会現象に発展し、当時の記録では同年だけで100人を超える死者が出たとされる。事態を受け当局は火口周辺への立ち入り規制や監視強化に踏み切り、以降は件数が減少に転じたものの、その後も散発的な事案が伝えられている。1952年4月には火口東側の山腹に旅客機もく星号が墜落し、乗員乗客37名全員が死亡する事故も起きている。こうした歴史を背景に、火口付近では霧の中に白い人影が現れて近づくと消える、声のようなものが聞こえる、背後に足音を感じるといった話が伝えられている。1986年の大噴火の際には生中継の映像に人影が映り込み話題となったが、後に火山観測のため現地に残っていた人物と判明している。

山道・峠

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波治加麻神社

伊豆大島の泉津地区に鎮座する波治加麻神社は、平安時代の延喜式神名帳にも記載される古社で、事代主神の子・波治命を祀る。境内の大木の根元には、若者25人が丸木舟を作った跡と伝わる杉の切株が残り、その傍らには「日忌様」と呼ばれる霊を祀る小さな祠が二基置かれている。伝承によれば、かつて泉津を治めた代官の圧政に耐えかねた25人の若者が代官を討ち、境内の大杉を切り出して作った丸木舟で島を脱出したという。利島・新島・神津島のいずれにも身を寄せる場所は与えられず、旧暦1月24日、一行は消息を絶ったとされる。以来、この霊は毎年同じ夜に島へ帰ってくると信じられ、住民は日没から夜明けまで屋内にこもり、雨戸にトベラや柊の葉を挿し、神棚に25個の餅と海の小石を供えて、外を出歩かず海も見ないまま静かに過ごす風習を守ってきた。同様の言い伝えは伊豆諸島各地に伝わる「海難法師」の起源譚のひとつとされ、この神社と祠がその発祥地とされている。

東京都 大島町·山道・峠

三原山

伊豆大島の中央にそびえる三原山は、江戸時代から続く噴火の火柱や火映を「御神火」と呼んで畏敬してきた活火山である。1933年1月から2月にかけて、女学生が同行者とともに火口を訪れ噴火口へ身を投げる出来事が相次いだ。この一件が新聞各社によって大きく報じられ、以後、火口への投身が相次ぐ社会現象に発展し、当時の記録では同年だけで100人を超える死者が出たとされる。事態を受け当局は火口周辺への立ち入り規制や監視強化に踏み切り、以降は件数が減少に転じたものの、その後も散発的な事案が伝えられている。1952年4月には火口東側の山腹に旅客機もく星号が墜落し、乗員乗客37名全員が死亡する事故も起きている。こうした歴史を背景に、火口付近では霧の中に白い人影が現れて近づくと消える、声のようなものが聞こえる、背後に足音を感じるといった話が伝えられている。1986年の大噴火の際には生中継の映像に人影が映り込み話題となったが、後に火山観測のため現地に残っていた人物と判明している。