
霊山
福島県伊達市と相馬市の境にある霊山(りょうぜん)は、標高825メートルの山である。安山岩の柱状節理が露出した独特の山容で、奇岩怪石の連なる山頂部は古代から修験道の聖地として知られてきた。 寺伝によれば、貞観元年(859年)、慈覚大師円仁がこの山に登って霊山寺を開いたとされる。延暦寺と関係の深い天台宗の修験道場として整備され、平安期から中世にかけて東北地方の山岳信仰の重要拠点として栄えた。最盛期には3,600の僧坊と修行僧を擁し、東北地方有数の宗教センターとして機能したと郷土史に記録される。 南北朝動乱期に入って、霊山は政治・軍事の舞台にも引き込まれる。延元2年(1337年)、南朝方の鎮守府大将軍・北畠顕家(きたばたけあきいえ)は、霊山寺の伽藍を活かして霊山城を築いた。霊山城は、南朝方が陸奥国を統治するための軍事拠点として、また東北南部の南朝勢力の中心として位置づけられた。 北畠顕家は後醍醐天皇の側近として南朝方を支えた中心人物で、たびたび関東・東北を転戦した。延元3年(1338年)、和泉国石津(現在の大阪府堺市)で北朝方の高師直軍と戦って戦死した。享年21、若き南朝の英雄として、軍記物語『太平記』に詳しく描かれている。 顕家の死後も霊山城は南朝方の拠点として機能を続けたが、貞和3年(1347年)、北朝方の畠山高国と吉良貞家連合軍の猛攻により陥落した。城と霊山寺の伽藍はことごとく焼き尽くされ、1,000年近い宗教センターとしての歴史が終わった。 戦後、霊山は1936年(昭和11年)に国の史跡に指定された。山頂周辺には霊山城跡、伽藍跡の礎石、北畠顕家ゆかりの場所などが点在し、歴史散策のコースが整備されている。霊山の山頂周辺一帯は奇岩と紅葉の名所としても知られ、福島県を代表する登山スポットのひとつとなっている。 登山道は霊山子供村駐車場から登り、山頂まで片道約1時間半。一般のハイカーから登山初心者まで安全に楽しめる難易度。秋の紅葉期(10月中旬から11月初旬)と春の新緑期が特に人気の高い時期である。

