
旧東海村原子力発電所跡地
茨城県東海村は、太平洋に面した海沿いの一帯に、戦後日本の原子力研究・利用の拠点となる施設が早くから集まった土地である。なかでも東海発電所は、1966年に営業運転を開始した日本初の商業用原子力発電所として知られ、1998年に運転を終えた。その後は国内初の商業炉解体として廃止措置が進められており、工程は当初計画から延期が重なって2030年代の完了が見込まれている。 一方、1999年9月には村内の核燃料加工施設で臨界事故が発生し、作業員2名が死亡、1名が重症を負い、多数の被曝者を出した。これは発電所そのものではなく、燃料加工の工程で正規手順を逸脱した結果とされるが、国内で初めて事故被曝による死者を出した重大事故として広く記憶され、東海村という地名に強い印象を残した。 こうした歴史と、立ち入りが制限された広大な原子力施設の景観が重なり、ネット上では跡地周辺の雰囲気を不気味に語る声も見られる。ただし出典で確認できる怪異の記録はなく、語りの多くは事故の記憶と施設の存在感に由来するものとみられる。