
北茨城市大津港の戦争遺霊
北茨城市大津港は、藩政時代から常磐沿岸の主要な漁港として発展してきた。江戸期には水戸藩領下で漁業基地として繁栄し、近代に入ると漁業従事者の育成機関として水産学校が設置された。太平洋戦争末期には、近隣の平潟港に特攻艇「震洋」の第138震洋隊訓練基地が置かれ、本土決戦に備えた軍事拠点が構築された。大津町の沿岸部には風船爆弾の放流地跡が記念碑として残されており、戦争の物質的痕跡が現存している。戦後、これらの港は漁業と地域経済の中心地として再興され、海岸線に残る慰霊施設が戦争期の記憶を伝える役割を担っている。

