
黒崎砲台跡
黒崎砲台跡は長崎県壱岐市郷ノ浦町の黒崎半島にある旧日本軍の砲台遺構である。昭和3年(1928年)に着工し、3年余りの工期を経て完成した施設で、口径40センチ級の巨砲を二基備え、その規模は当時「東洋一」と称された。建設の背景には、ワシントン海軍軍縮条約により主力艦の廃棄が定められた際、廃艦となる戦艦の主砲を転用・保存する目的があったとする説が伝わっている。しかし完成後には戦争の主軸が海上から航空戦へ移ったため、この巨砲は一度も実戦で使用されることなく終戦を迎え、戦後に解体されたと伝えられる。 現在は地下要塞状の構造物や砲を据えるための大きな空洞が残るのみで、内部は暗く入り組んだ通路が続く。この場所については、男性の霊が出没するという噂が広まり、その姿を目にしたり声を聞いたという話も伝わる。ただし高齢の住民の中にはそうした話を根拠のない作り話(壱岐弁で「すらごつ」)と見る声もあり、実際に人命が失われた記録は確認されていない。訪問記の中には、洞内で人影とすれ違った直後、その人物の姿が見当たらなくなったという体験談も残されている。