
雲仙地獄
長崎県の雲仙山麓に広がる地熱地帯。島原半島の地下には橘湾のマグマ溜りが推測され、そこから高温の火山ガスが地下水と反応し、摂氏120度まで達する熱水に変わって地表へ噴出している。30余りの小規模な噴気孔と噴泉がこの一帯に点在し、白い水蒸気が立ちのぼり硫黄臭が立ちこめる景観を形成している。 地獄の名称は主に仏教典に由来する。最も活発な大叫喚地獄は、地中の圧力で上昇する気流が岩盤を震わせ低音を発するその音が、地獄の苦痛の叫びに聞こえるという由来から命名された。一方、お糸地獄と清七地獄はそれぞれ江戸期の実在人物に関連する伝承に基づく。前者は島原城下で不義密通と夫殺害の罪に問われたお糸が処刑された明治3年頃に新たに噴出が始まったと伝わり、後者は長崎のキリシタン・清七が処刑された際に湧き出したとされる。 この場所が今も心霊スポットとして言及される背景には、江戸時代初期の過酷な歴史がある。1627年から1631年にかけて、島原藩主松倉重政の指示の下、棄教を強要するための拷問が組織的に行われた。当初は単純な処刑だったが、やがて手口は先鋭化し、キリシタンの身体に傷をつけて熱湯を流し込む苦刑へと変わっていった。この5年間に33人が殉教し、現在三つの記念碑がこれを悼んでいる。1961年に立てられたキリスト教十字架には、列福された6人の殉教者の名が刻まれている。 地形の変化も顕著である。かつて西側の地熱活動が旺盛だった時期もあり、今は廃れた八万地獄やカキツバタが生育していた原生沼も、かつては活発な地獄だった。活動の中心は東側へと移ってきた。現在は安全な木製遊歩道が整備され、観光客は地獄の景観を歩きながら体験できる。1934年には日本初の国立公園に指定された。