
旧東海道五十三次 海士ヶ瀬渡し
静岡県静岡市清水区に伝わる旧東海道沿いの渡し場跡は、駿河湾に注ぐ渓流と断崖が組み合わさった険しい地形に設けられていたとされる場所である。江戸時代、東海道を旅する人々が渓谷を越える要所として利用したが、増水や転落事故により幾度も渡し場が変更され、廃止と再開を繰り返してきた歴史がある。今は遺構と石組みのみが断崖の上に静かに残されている。 寄せられる体験談で繰り返し語られるのは、夕刻に断崖の縁に立ち遠くを眺めると、対岸の方向から櫓を漕ぐような水音が一瞬だけ届いて消える、というものである。深い霧が出ると崖下から人の話し声らしき響きが上ってきた、足元の石組みの隙間に古い草鞋の鼻緒のような布片を見つけた、夕日が沈む直前に崖の縁に人影が立っているのを見た、と語る訪問者もいる。 地元では、渡し場で水難に遭い亡くなられた船頭や旅人の方々への弔いを欠かさず、近隣の寺で折々の供養が穏やかに続けられてきた。怪異として騒ぐより、東海道の旅人の苦労と渡し場で働かれた方々の記憶を偲ぶ史跡として静かに語り継がれ、地域の郷土史家もその伝承を丁寧に記録に残している。 断崖と渓谷は現在も滑落と増水の危険が高く、整備された遊歩道を外れての立ち入りは極めて危険である。心霊目的の深夜訪問は厳に避け、訪れる場合は日中に展望所から景観を楽しみ、水難で亡くなられた方々への弔いと旧東海道の歴史、当時の旅人や船頭の方々への敬意を欠かさずに接していただきたい。