
安芸郡北川村の廃農村
高知県東部、奈半利川の上流域に位置する北川村は、急峻な山並みに囲まれた谷あいに集落が点在し、ゆずの一大産地として全国に知られる山村である。傾斜地に石垣を組んで切り拓かれた畑は先祖代々丹念に守られてきたが、過疎と高齢化のなかで奥地の小集落は次第に住み手を失い、家屋と石垣の跡だけが森に呑まれた廃農村として静かに残されている。 寄せられる体験談で繰り返し語られるのは、ゆずの実が黄に色づく時期の夜更けに谷沿いの旧道を歩いていると、上流の方角から作業歌のような節が川音にまじって届いてくる、というものである。籠を背負って斜面を上る足音が一瞬だけ近づいた、月明かりに浮かぶ畑跡で揺れる小さな灯火を目撃した、と語る人もいる。 地元では、急斜面の畑に生涯を捧げた先祖たちへの感謝が、ゆず畑を守る今の人びとに脈々と受け継がれてきた。現象の話は怪異というよりも、谷と農の記憶を新しい世代へ静かに受け渡すための寓話的な側面を強く持っている。 谷筋は転落・落石・川の増水の危険が高く、夜間の単独訪問は厳禁である。私有のゆず畑や旧屋敷跡への立ち入りも控えること。訪れる場合は日中、村の柚子関連の施設や郷土資料を経由し、土地と人びとへの敬意を欠かさず行動すること。