
秋葉ダム
戦後の電力危機を背景に、天竜川沿いに1954年から1958年にかけて建設されたコンクリート重力式ダムである秋葉ダム。堤高89メートル、上流の佐久間ダムから流れ落ちる水を調整し、三つの発電所で最大128万キロワット近い電力を生み出す多目的ダムだ。しかし、その完成の陰には多くの犠牲者がいた。 1955年2月4日、第一発電所の建設現場で発破作業のミスが起きた。装填されたダイナマイト約2トンが誘爆し、瞬
ダム・貯水池の周辺で語られる怪異。
全国 21 件
静岡県 浜松市天竜区
戦後の電力危機を背景に、天竜川沿いに1954年から1958年にかけて建設されたコンクリート重力式ダムである秋葉ダム。堤高89メートル、上流の佐久間ダムから流れ落ちる水を調整し、三つの発電所で最大128万キロワット近い電力を生み出す多目的ダムだ。しかし、その完成の陰には多くの犠牲者がいた。 1955年2月4日、第一発電所の建設現場で発破作業のミスが起きた。装填されたダイナマイト約2トンが誘爆し、瞬
北海道 北見市
北海道北見市と紋別郡遠軽町の境、JR石北本線の常紋峠を貫通する全長507メートルの単線トンネルが、常紋トンネル(じょうもんトンネル)である。1914年(大正3年)10月、石北本線の前身である網走本線の延伸工事の一環として開通した。 建設工事は、北海道の鉄道網が急速に拡大した大正初期の典型的な強行軍工事だった。当時、北海道の鉄道建設や道路建設、ダム建設の現場では、本州の都市部から斡旋業者を通じて集
神奈川県 相模原市緑区
神奈川県相模原市緑区、相模川中流域に造成された相模ダムによってできた人造湖が相模湖である。湖面標高167メートル、満水面積3.26平方キロメートル、総貯水量約6,330万立方メートル。日本初の多目的ダム湖として、洪水調節、上水道、工業用水、発電を兼ねる目的で計画された。 ダム計画は昭和初期に始まる。神奈川県と東京府の急速な工業化・都市化に対応するため、神奈川県土木部が1938年(昭和13年)に相

戦後の電力危機を背景に、天竜川沿いに1954年から1958年にかけて建設されたコンクリート重力式ダムである秋葉ダム。堤高89メートル、上流の佐久間ダムから流れ落ちる水を調整し、三つの発電所で最大128万キロワット近い電力を生み出す多目的ダムだ。しかし、その完成の陰には多くの犠牲者がいた。 1955年2月4日、第一発電所の建設現場で発破作業のミスが起きた。装填されたダイナマイト約2トンが誘爆し、瞬

愛知県犬山市の入鹿池は、1633年に江崎善左衛門ら入鹿六人衆により開削された尾張地方最大級の灌漑用ため池である。周囲16キロメートル、貯水量1,518万立方メートルの規模は、全国でも有数であり、三百年以上にわたり尾張平野の農業を支えてきた水利施設として機能してきた。 明治元年(1868年)5月、連日の豪雨により堤防が決壊する大災害が発生した。この「入鹿切れ」では、下流域の133町村に及ぶ広大な地

矢作ダムは1970年完成の大型アーチ式ダムで、矢作川の治水を目的に1962年から建設された。矢作川は江戸時代から土砂が多く天井川の様相を呈し、1959年の伊勢湾台風や1961年の梅雨豪雨で多大な被害をもたらした。1966年に一級水系に指定され、ダムを中核とした総合治水計画が策定された。ダム建設により愛知県豊田市の旭地区と岐阜県の串原村など4自治体にまたがる全179戸が水没し、奥矢作湖が形成された。

愛知県新城市の宇連ダムが1958年に完成したことで現在の鳳来湖が誕生した。豊川水系の治水・利水を目的とした国営事業で、ダムは高さ65メートルの重力式コンクリート造。貯水量は約2,842万立方メートルに達する。 ダム建設に伴い約107ヘクタールの流域が水没し、6戸の住宅が影響を受けた。湖底には旧道や集落の跡が沈んだままで、渇水時には60年前の橋の遺構が露出することもある。2019年の渇水期に水位が

札幌市南区の豊平峡ダムは、頻繁な洪水に悩まされていた豊平川の治水を目的に1965年に着工、1972年に完成した高さ102.5m のアーチ式コンクリートダムである。竣工により定山湖という人造湖が形成され、札幌市への水道供給(全需要の98%)と道内の水力発電を担う重要な施設となった。豊平川は札幌市街地に何度も氾濫をもたらしており、このダムは急速に都市化する札幌を洪水から守る転換点となった。1926年に

天ヶ瀬ダムは、1953年台風13号による宇治川の堤防決壊を契機に計画され、1955年から建設が進められた淀川本川唯一の多目的ダムである。当初は重力式で構想されていたが、1958年の地盤調査後にドーム型アーチ式に変更され、1964年11月に完成した。高さ73メートル、長さ254メートルの構造体は、洪水調節・電力生成・飲料水供給を担う。ダム湖は「鳳凰湖」と呼ばれ、宇治川中流の深い渓谷に位置する景観は、

大阪府河内長野市の石川上流に1967年から1981年にかけて建設された重力式コンクリートダム。堤高62.0mの構造で、流域の治水と灌漑、河内長野市および富田林市への上水道供給を目的としている。大阪府内の完成ダムでは最大規模。 周辺は渓谷に囲まれた自然環境が保全され、遊歩道やキャンプ場が整備されている。上流には滝畑四十八滝が存在し、大阪みどりの百選に選定されている。オシドリの飛来地として知られ、新

大阪府河内長野市の滝畑地域を流れる石川上流部は、江戸時代の凍豆腐製造から現代のダム開発まで、水を中心に産業が営まれてきた場所である。1967年に滝畑ダム建設が着工され、山を切り開き流域の治水・灌漑・上水道供給のための道路整備が進められた。その過程で、すでに存在していた隧道が新たな府道へと組み込まれ、1932年竣工の滝畑第三トンネル(塩降隧道、全長158m)は現在も走行路として使われている。 石積

1947年のカスリーン台風による荒川上流域の甚大な洪水被害を契機に、1952年から建設が開始された二瀬ダム。1961年12月に完成した重力式アーチダム(高さ95m)で、その貯水池は1962年5月に秩父湖と命名された。ダムの名称は、建設により水没した大滝地区二瀬と三峰の地名に由来する。湖面を跨ぐ吊り橋は観光地として広く利用され、秋の紅葉時期には多くの訪問者を集める。水深のある渓谷地形と、水没に伴う集

神奈川県足柄上郡山北町の丹沢湖は、酒匂川水系に築かれた三保ダムにより1978年に造成された人造湖である。幅広い貯水容量を有し、神奈川県の水道用水と発電、酒匂川流域の洪水調節を担う重要な水資源施設となっている。 ダム建設に伴い、旧三保村の複数地区が水没した。移転対象は223世帯、1026人に及び、小学校2校、保育園、役場支所、郵便局、警察官駐在所、農協支所、公民館7棟のほか、神社2社と寺院3寺とい

兵庫県北摂山地の谷あいを流れる猪名川流域では、昭和初期から水の管理が重要な課題であった。1953年の台風13号による記録的洪水を経て、流域の治水対策が本格化し、農業用水と治水の両立を目指して複数の施設が築かれた。昭和50年代までに一庫ダムの建設(1983年完成)により流域の水利用体系は大きく転換され、かつての小規模な堰堤や農業用水路は次第にその役目を終えた。町内に散在する廃ダムや堰堤は、その苔むし

神奈川県清川村の宮ヶ瀬ダムは、1969年に建設計画が発表され、1987年に本体工事に着手。2000年12月に完成した重力式コンクリートダムである。建設に先立ち、清川村・津久井町・愛川町の三市町村にまたがる地域の約1136人が移転を余儀なくされ、281戸の家屋が周辺や厚木市などへ移転した。宮ヶ瀬小中学校をはじめ公民館や消防施設といった公共施設も移転し、1982年ごろから数年をかけて進められた。渇水期