
白峯神宮
白峯神宮は京都市上京区、かつて蹴鞠の家として知られた飛鳥井家の邸宅跡に建つ。祭神は保元の乱に敗れて讃岐国へ配流され、その地で崩御した崇徳天皇である。数え5歳での即位、譲位の強制、保元の乱での敗北という激動の生涯を経て、讃岐での8年間は経典の書写に費やされたと伝わる。上田秋成の読本『雨月物語』の一編「白峯」では、西行が白峯の陵を訪ねた際、成仏できぬまま怨霊となった崇徳院の霊と対面し、私怨によって平治の乱を引き起こしたと自ら語る場面が描かれる。また『保元物語』の系譜をひく説話には、写経を朝廷に拒まれた崇徳院が舌を噛み、その血で経文に呪詛の言葉を記したという逸話も伝えられている。崩御後、京都では大火や強訴など混乱が相次いだと伝えられ、菅原道真・平将門と並ぶ日本三大怨霊の一人として語られるようになった。1868年、孝明天皇の遺志を継いだ明治天皇の命により、その御霊は約700年ぶりに讃岐から京都へ迎えられ、当社が創建された。
