
京都府 長岡京市·宿泊・居住跡
長岡京市旧長岡京跡の平安霊
長岡京は784年から794年の10年間、桓武天皇が営んだ都で、その遺跡は向日市・長岡京市・大山崎町に分布しています。遷都は物資輸送に優位な淀川水系の立地を活かした計画でしたが、792年の大規模な河川氾濫によって都市機能が損傷を受けました。同年には造長岡宮の責任者・藤原種継が暗殺される政治的混乱も発生し、その事件の影響で皇太弟・早良親王が流刑となり、流罪中に死去します。その後、飢饉や疫病が相次いだことから、親王の怨霊が都を祟ると考えられるようになり、794年の平安京への遷都につながりました。遺跡は発掘調査により大極殿や朝堂院の跡が確認され、古代の都市計画を今に伝えています。