
旧習志野陸軍演習場跡地
習志野原は1873年に明治天皇の近衛兵演習視察に始まり、翌年から明治14年まで毎年行われた軍事演習の地として整備されました。1916年には騎兵学校が移転し、その後陸軍の重要な訓練施設となり、日露戦争やその後の軍事活動を支えました。戦中には各種の軍事学校・施設が設置され、多くの兵士が訓練と従事に当たりました。 戦後、この土地は公園や住宅地、学校施設として再開発されました。現在もなお、土塁、砲台跡、陸軍用地の境界石など、軍事施設時代の物理的な痕跡が地形や地下に点在しています。特に遺跡として保存されている中国式砲台跡などは、戦前の訓練内容を示す貴重な遺構です。 戦没者を慰霊する施設としては、習志野霊園に日本軍兵士の慰霊碑のほか、日露戦争時のロシア軍人34名、第一次世界大戦時のドイツ軍人30名の慰霊碑が立てられ、国籍を超えた追悼が行われています。地域の歴史の重みは、こうした物理的遺構と慰霊施設を通じて、戦争と平和の問い直しとして継続されています。
