山口県

岩国市の心霊スポット

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岩国市の人気スポット TOP4

1

深谷大橋

深谷大橋は、山口県岩国市錦町宇佐郷と島根県吉賀町の境にあたる深谷渓谷に架かる赤いアーチ橋である。1962年に完成し、全長約100メートル、谷底からの高さは80メートル前後とされ、西日本でも有数の規模を持つアーチ橋として紅葉の時期には観光客も訪れる。当初は欄干が低く渓谷の眺望を楽しめる展望地としても知られていたが、転落・投身による死者が相次いだことから、2008年に高さ2.5メートルのフェンスが設置された。橋のたもとには、自殺予防を目的とした相談電話の案内看板も設けられている。ネット上では国内でも自殺者数が多い橋として紹介されることが多く、テレビ朝日の心霊番組でも「自殺者を招く魔の赤い橋」として取り上げられた。こうした経緯から、この橋は投身に関する報告の多さで知られるようになり、欄干の外を覗き込んだ際に背中を押されるような感覚を覚えたという体験談や、白い服を着た女性が手招きする姿、渓谷から伸びる無数の手を見たという噂が伝えられている。過去に橋から身を投げた人々の霊が、新たな道連れを探しているという説も広まっている。フェンスの脇にはわずかな隙間が残っており、現在も身を投げる人がいるとされ、フェンスには遺体を引き上げるためとされるゲートが設けられている。橋の入口には献花が絶えないともいわれ、周辺では警察や消防による巡回が続けられており、地元住民の通報で行方不明者が保護された例も報じられている。

橋・高架
2

三瀬川小学校

三瀬川小学校は明治12年(1879年)に開校し、昭和63年(1988年)3月に周北小学校へ統合される形で廃校となった、旧周東町(現・岩国市)山間部の木造校舎である。統合にあたっては、新校舎が完成するまでの間、周北小学校が三瀬川小学校の建物を仮校舎として使用したという経緯があり、その後も校内には教室や講堂の設備がそのまま残された。県道から一段高い山中の集落を見下ろす場所に立地し、コの字型に廊下が延びる校舎には教材やピアノなどの遺品が多数残り、開校百周年を記念する碑も校庭に建てられていた。廃校後は玄関に「周東町日本語学校三瀬川学園」という表札が掲げられていたとの記録があり、日本語学校として利用されたと伝わるが、実際に使われていたかは定かでなく、その後は放置状態となり、床板の崩落や壁の剥落といった老朽化が進行した。校舎は2023年に解体され、現在は現地に残っていない。こうした荒廃した廃校の景観と、伸びた雑草や錆び付いた遊具が放置された校庭の様子が心霊スポットとしての印象を強め、少女の幽霊が現れるという噂が語られるようになった。ただしこれを裏付ける具体的な現象の報告は乏しく、噂の実態は不確かなものとされている。廃校探訪や動画投稿サイトなどでは解体前の校舎の様子がたびたび取り上げられ、木造校舎特有の陰影が心霊スポットとしての知名度を高める一因となったとみられる。

廃墟・残骸
3

錦帯橋

錦帯橋は延宝元年(1673)、岩国藩主吉川広嘉の命により錦川に架けられた五連の木橋で、中央の三連がアーチ型構造をなす。翌年の大洪水で橋が流失したため洪水に耐える構造が求められ、大工の設計により現在の姿が完成したとされる。この再建にあたり、袴に横継ぎのある者を人柱にするという取り決めがあり、それが取り決めを言い出した男自身だと判明したことから、父に代わって二人の娘が名乗り出て人柱にされたという伝承が残る。以降276年にわたり、橋は洪水で流されることがなかったと伝わる。川底の石の裏で見つかる石粒状の虫の巣(石人形)は、水生昆虫ニンギョウトビケラの幼虫が作る巣だが、江戸時代からこの娘たちの生まれ変わりとして語られ、仏像や七福神に見立てた土産物・縁起物として扱われてきた。1950年のキジア台風で橋が流失した際、橋台の下から人骨などは見つからず、人柱伝説は史実というより後年に形成された話とみる向きもある。この伝説と結び付く形で、夜間に橋を渡ると男女の人影を見たという声や、撮影した写真に見知らぬ人影や光・霧のようなものが写り込むという報告、川音に混じって話し声や叫び声のようなものが聞こえるという体験がネット上で伝えられている。橋周辺には江戸時代に処刑場があったとする説も存在するが、史料での確認は難しいとされる。現在も観光名所として管理・公開が続いている。

橋・高架
4

旧松尾トンネル(松尾隧道)

山口県岩国市美和町、県道岩国美和線沿いに残る旧松尾トンネル(松尾隧道)。1960年に竣工した全長262.4メートルの隧道で、1994年に新トンネルが開通した後も市道として使われ続けたが、その後土砂崩れにより片側交互通行となり、2020年1月にフェンスで閉鎖されて完全に通行止めとなった(閉鎖時期については2018年3月とする情報源もある)。 トンネル上部にはかつて火葬場があったと伝えられており、この由来が後年広まる怪異の噂と結び付けられている。噂として伝わるのは、トンネル内でクラクションを鳴らしてエンジンを止めると再始動できなくなるというもの、走行中にバックミラーへ白い服の女性の姿が映り、確認のため振り返ると消えているという目撃報告、そしてトンネル内の段差付近では後方を確認してはならないとする言い伝えである。現在は通行止めとなり内部への立ち入りは制限されているため、これらの噂を検証する機会は限られている。

隧道・トンネル

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山口県 岩国市·橋・高架

深谷大橋

深谷大橋は、山口県岩国市錦町宇佐郷と島根県吉賀町の境にあたる深谷渓谷に架かる赤いアーチ橋である。1962年に完成し、全長約100メートル、谷底からの高さは80メートル前後とされ、西日本でも有数の規模を持つアーチ橋として紅葉の時期には観光客も訪れる。当初は欄干が低く渓谷の眺望を楽しめる展望地としても知られていたが、転落・投身による死者が相次いだことから、2008年に高さ2.5メートルのフェンスが設置された。橋のたもとには、自殺予防を目的とした相談電話の案内看板も設けられている。ネット上では国内でも自殺者数が多い橋として紹介されることが多く、テレビ朝日の心霊番組でも「自殺者を招く魔の赤い橋」として取り上げられた。こうした経緯から、この橋は投身に関する報告の多さで知られるようになり、欄干の外を覗き込んだ際に背中を押されるような感覚を覚えたという体験談や、白い服を着た女性が手招きする姿、渓谷から伸びる無数の手を見たという噂が伝えられている。過去に橋から身を投げた人々の霊が、新たな道連れを探しているという説も広まっている。フェンスの脇にはわずかな隙間が残っており、現在も身を投げる人がいるとされ、フェンスには遺体を引き上げるためとされるゲートが設けられている。橋の入口には献花が絶えないともいわれ、周辺では警察や消防による巡回が続けられており、地元住民の通報で行方不明者が保護された例も報じられている。

三瀬川小学校
山口県 岩国市·廃墟・残骸

三瀬川小学校

三瀬川小学校は明治12年(1879年)に開校し、昭和63年(1988年)3月に周北小学校へ統合される形で廃校となった、旧周東町(現・岩国市)山間部の木造校舎である。統合にあたっては、新校舎が完成するまでの間、周北小学校が三瀬川小学校の建物を仮校舎として使用したという経緯があり、その後も校内には教室や講堂の設備がそのまま残された。県道から一段高い山中の集落を見下ろす場所に立地し、コの字型に廊下が延びる校舎には教材やピアノなどの遺品が多数残り、開校百周年を記念する碑も校庭に建てられていた。廃校後は玄関に「周東町日本語学校三瀬川学園」という表札が掲げられていたとの記録があり、日本語学校として利用されたと伝わるが、実際に使われていたかは定かでなく、その後は放置状態となり、床板の崩落や壁の剥落といった老朽化が進行した。校舎は2023年に解体され、現在は現地に残っていない。こうした荒廃した廃校の景観と、伸びた雑草や錆び付いた遊具が放置された校庭の様子が心霊スポットとしての印象を強め、少女の幽霊が現れるという噂が語られるようになった。ただしこれを裏付ける具体的な現象の報告は乏しく、噂の実態は不確かなものとされている。廃校探訪や動画投稿サイトなどでは解体前の校舎の様子がたびたび取り上げられ、木造校舎特有の陰影が心霊スポットとしての知名度を高める一因となったとみられる。

錦帯橋
山口県 岩国市·橋・高架

錦帯橋

錦帯橋は延宝元年(1673)、岩国藩主吉川広嘉の命により錦川に架けられた五連の木橋で、中央の三連がアーチ型構造をなす。翌年の大洪水で橋が流失したため洪水に耐える構造が求められ、大工の設計により現在の姿が完成したとされる。この再建にあたり、袴に横継ぎのある者を人柱にするという取り決めがあり、それが取り決めを言い出した男自身だと判明したことから、父に代わって二人の娘が名乗り出て人柱にされたという伝承が残る。以降276年にわたり、橋は洪水で流されることがなかったと伝わる。川底の石の裏で見つかる石粒状の虫の巣(石人形)は、水生昆虫ニンギョウトビケラの幼虫が作る巣だが、江戸時代からこの娘たちの生まれ変わりとして語られ、仏像や七福神に見立てた土産物・縁起物として扱われてきた。1950年のキジア台風で橋が流失した際、橋台の下から人骨などは見つからず、人柱伝説は史実というより後年に形成された話とみる向きもある。この伝説と結び付く形で、夜間に橋を渡ると男女の人影を見たという声や、撮影した写真に見知らぬ人影や光・霧のようなものが写り込むという報告、川音に混じって話し声や叫び声のようなものが聞こえるという体験がネット上で伝えられている。橋周辺には江戸時代に処刑場があったとする説も存在するが、史料での確認は難しいとされる。現在も観光名所として管理・公開が続いている。

山口県 岩国市·隧道・トンネル

旧松尾トンネル(松尾隧道)

山口県岩国市美和町、県道岩国美和線沿いに残る旧松尾トンネル(松尾隧道)。1960年に竣工した全長262.4メートルの隧道で、1994年に新トンネルが開通した後も市道として使われ続けたが、その後土砂崩れにより片側交互通行となり、2020年1月にフェンスで閉鎖されて完全に通行止めとなった(閉鎖時期については2018年3月とする情報源もある)。 トンネル上部にはかつて火葬場があったと伝えられており、この由来が後年広まる怪異の噂と結び付けられている。噂として伝わるのは、トンネル内でクラクションを鳴らしてエンジンを止めると再始動できなくなるというもの、走行中にバックミラーへ白い服の女性の姿が映り、確認のため振り返ると消えているという目撃報告、そしてトンネル内の段差付近では後方を確認してはならないとする言い伝えである。現在は通行止めとなり内部への立ち入りは制限されているため、これらの噂を検証する機会は限られている。