山口県橋・高架系 心霊スポット

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山口県の心霊文化

本州西端・山口県は、関門海峡を挟んで九州と対峙する歴史の交差点である。1185年、平家滅亡の地となった壇ノ浦、本州と九州を海底で結ぶ旧関門トンネル、絶景の角島大橋に伝わる海の怪異——源平の合戦で入水した幼帝・安徳天皇と平家一門、そして幕末長州の志士たちの怨念が、潮流渦巻く海峡の底に今も静かに沈んでいるとされる。

橋・高架という場所

橋は此岸と彼岸を結ぶ古来の象徴であり、川を渡れぬ霊が滞留する境界の地である。橋姫信仰、辻占、心中や身投げの哀史が欄干に刻まれ、渡る者の足音は水音と混じって異界へ届く。高架もまた、地と空の狭間に揺れる近代の橋である。

角島大橋
橋・高架·山口県 下関市

角島大橋

角島大橋は、山口県下関市豊北町の神田と角島の間、海士ヶ瀬戸に架かる全長およそ1,780メートルの道路橋である。1993年に着工し2000年に開通した。架橋以前は渡船が唯一の連絡手段で、冬季の風浪時には欠航が続き、医療や消防の面で島の暮らしに支障が生じていたという。澄んだ海をほぼ一直線に渡る景観で広く知られる一方、この海峡には古い伝説が残る。本土側の高壺山から鬼が石や岩を投げ入れて瀬ができたとされ、その「海士ヶ瀬」、鬼の頭領の角を沖に埋めたことに由来するという「角島」、若い鬼が丘を投げ入れたとされる「鳩島」など、周辺の地名がこの鬼の物語と結び付けて説明されてきた。頭領の鬼はやがて社を守る役目を担って生涯を終えたとも伝えられる。さらに橋の上から海を見ると、響灘と日本海の潮がぶつかる境目が一本の線のように浮かび上がることがあり、この「あるはずのない線」もまた、海峡にまつわる不思議として話題にされることがある。

橋・高架·山口県 岩国市

深谷大橋

深谷大橋は、山口県岩国市錦町宇佐郷と島根県吉賀町の境にあたる深谷渓谷に架かる赤いアーチ橋である。1962年に完成し、全長約100メートル、谷底からの高さは80メートル前後とされ、西日本でも有数の規模を持つアーチ橋として紅葉の時期には観光客も訪れる。当初は欄干が低く渓谷の眺望を楽しめる展望地としても知られていたが、転落・投身による死者が相次いだことから、2008年に高さ2.5メートルのフェンスが設置された。橋のたもとには、自殺予防を目的とした相談電話の案内看板も設けられている。ネット上では国内でも自殺者数が多い橋として紹介されることが多く、テレビ朝日の心霊番組でも「自殺者を招く魔の赤い橋」として取り上げられた。こうした経緯から、この橋は投身に関する報告の多さで知られるようになり、欄干の外を覗き込んだ際に背中を押されるような感覚を覚えたという体験談や、白い服を着た女性が手招きする姿、渓谷から伸びる無数の手を見たという噂が伝えられている。過去に橋から身を投げた人々の霊が、新たな道連れを探しているという説も広まっている。フェンスの脇にはわずかな隙間が残っており、現在も身を投げる人がいるとされ、フェンスには遺体を引き上げるためとされるゲートが設けられている。橋の入口には献花が絶えないともいわれ、周辺では警察や消防による巡回が続けられており、地元住民の通報で行方不明者が保護された例も報じられている。

錦帯橋
橋・高架·山口県 岩国市

錦帯橋

錦帯橋は延宝元年(1673)、岩国藩主吉川広嘉の命により錦川に架けられた五連の木橋で、中央の三連がアーチ型構造をなす。翌年の大洪水で橋が流失したため洪水に耐える構造が求められ、大工の設計により現在の姿が完成したとされる。この再建にあたり、袴に横継ぎのある者を人柱にするという取り決めがあり、それが取り決めを言い出した男自身だと判明したことから、父に代わって二人の娘が名乗り出て人柱にされたという伝承が残る。以降276年にわたり、橋は洪水で流されることがなかったと伝わる。川底の石の裏で見つかる石粒状の虫の巣(石人形)は、水生昆虫ニンギョウトビケラの幼虫が作る巣だが、江戸時代からこの娘たちの生まれ変わりとして語られ、仏像や七福神に見立てた土産物・縁起物として扱われてきた。1950年のキジア台風で橋が流失した際、橋台の下から人骨などは見つからず、人柱伝説は史実というより後年に形成された話とみる向きもある。この伝説と結び付く形で、夜間に橋を渡ると男女の人影を見たという声や、撮影した写真に見知らぬ人影や光・霧のようなものが写り込むという報告、川音に混じって話し声や叫び声のようなものが聞こえるという体験がネット上で伝えられている。橋周辺には江戸時代に処刑場があったとする説も存在するが、史料での確認は難しいとされる。現在も観光名所として管理・公開が続いている。

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